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「新築がお好きですか? 日本における住宅と政治」砂原庸介 評価:4点|過度な新築持家推奨政策がもたらした住宅市場の不効率【政治学】

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新築がお好きですか 日本における住宅と政治
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近年、空き家や災害復興を中心に、住宅問題はとみにクローズアップされています。

過疎化と少子高齢化が直撃している地方では社会問題化するほど空き家が増えておりますし、(特に東日本大震災の)災害復興においても、「これから人が増えることはない」ことを前提とする非常に困難な住宅や「街」の移転・再建が議論されています。

また、住宅問題と関わりの深い「都市計画」という単位にまで視界を広げれば、都会もこの問題とは無縁ではでありません。

東京やその周辺ではタワーマンションが林立して価格はバブルの様相。

少子化のご時世に小学校が足りないなどという悲鳴が自治体から聞こえてくることさえあり、「保育所建設反対」問題がニュース番組やSNSを騒がせたりもしています。

そんな中でタイムリーな出版となったのが本書です。

主に戦後の住宅政策について概説しつつ、「持家推奨」「開発優先」な日本政府の政策が今日の状況を招いたことが示唆されます。

やや「政治」理論的な面が薄く、新しい概念の提示などがあまりないことは難点ですが、旬の「住宅政策」について総覧した、「これ一冊!」的教科書としては非常に優れた著作だと感じました。

以前に平山教授の著書を紹介いたしましたが、その正当発展版ではないでしょうか。

【住宅政策の手軽な概説書】新書「住宅政策のどこが問題か」平山洋介 評価:4点【政治学】
目次第1章 住宅所有と社会変化第2章 持ち家社会のグローバル化第3章 住まいの「梯子」第4章 住宅セーフティネット感想あまり注目されない分野である住宅政策に光を当てた新書。住宅政策という個別の政策分野への理解が深まるだけでなく、戦後日本における経済政策の全体的な特徴や、これから日本が進むべき道も見えてくる良書です。第1章では、日本の住宅政策の概要が分析されます。日本の住宅政策の特徴が、就職→結婚→出産(夫が働き妻が専業主婦)という「標準」ライフコースを想定し、そのコースに当てはまる人を優遇していることが述べられます。若年層や新婚世帯向けの公団住宅の供給、住宅ローン減税のような家族の持ち家取得援助などがその具体的な政策です。「標準」ライフコースを辿る人々を小規模賃貸から大規模持ち家へという住宅の「梯子」を上っていく単線コースに誘導する仕組みが整えられてきたわけです。日本全体の所得の伸びとともに、新中間層となった人々がその梯子に殺到していったのが戦後の流れではありますが、そういった「標準」ライフコースを歩めなかった人々が住宅政策から取り残され、住宅確保において不利な立場に置かれ続けているこ...
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目次

序章   本書の課題
第1章 住宅をめぐる選択
第2章 住宅への公的介入
第3章 広がる都市
第4章 集合住宅による都市空間の拡大
第5章「負の遺産」をどう扱うか
終章  「制度」は変わるか

はじめに

本書は基本的に学術書であって、書店に棚積みされているような「単純明快でシンプルな答えを分かりやすく」という類の本ではありません。

これは本書が「良い本」であることの証左であると個人的には考えております。

世の中では「シンプルな答え。分かりやすい答え」がそのまま「良い答え」であるという風潮にも押され、「単純明快」を打ち出した書籍が氾濫している状態でありますが、問題が複雑であるほど、そう簡単に事象の理解と解決策の提示はできないはずです。

確かに、「10」の複雑さを持った物事の解説に「100」の時間や文面をかけるのは単なる説明下手ですが、「10」の複雑さを持った物事を「1」の時間や文面で解説するなどというのは土台不可能な話で、その「解説」は必然的に「嘘と歪曲」が含まれてしまいます。

「複雑なものは複雑なものとして存在している」のであって、過度な単純化は問題を矮小化させてしまいます。

まどろっこしいのが嫌いというのは分かりますが、「嘘と歪曲」にまみれた「痛快な解決策」を知るときに感じる快楽はどちらかというと酒や煙草の快楽に近いのであって、知的欲求が満たされているとは言い難いでしょう。

その点、本書は「10」の難しさの事象を「10」の難しさでしっかりと説明する本です。

とはいえ、真っ当な学者が書いたことを伺わせる(世の濫造品と比べればはるかに)慎重な言い回しとなっているため、「結局、全体では何が主張したいのか」ということについては文章の端々が示唆することから懸命に読み取ろうとしなければ把握が難しいのも実情です。

また、ある程度の背景知識を持っていたり、「住宅政策」分野の文脈理解、もしくは読書への熱意がなければ、第1章で挫折してしまいかねません。

そこでひとまず、「日本では量的には住宅が溢れかえっている状況だ(過剰だ)が、質的には酷いものが多い。なぜなら、量ばかりを供給させるような制度が採られていて(あるいは、自然状態では量ばかり供給するようになるのを政府が放置していて)、いったん供給された住宅の質を保ったり更新したりするインセンティブが企業や人々に存在しない仕組みになっているからだ」というのが著者の問題意識なのだと考えておくと読みやすくなるでしょう。

これは「空き家」問題や、都市の中心部近くにもいまだに木造住宅密集地帯があること、ボロボロのアパートが無惨に放置されている状態をよく見ること、(東京でさえ)全体で見れば住宅は余っているのに、新しいマンションが大量に建つことなど、本書に興味を持った方ならば思いつくような現実の問題と容易に関連付けられると思います。

余裕があれば、「国際的にも珍しい『新築持家信仰』が日本に根付いていて、これも政治制度がつくり出したものであり、これが実は諸悪の根源になっている。その理由とは......。」という心持ちもあるとあれこれ考えながら読めて面白いでしょう。

また本書では、第1章に「政策対象としての住宅」を見るうえでの基礎的なリテラシーが詰まっていて、第2章~第4章は(それぞれが有機的に繋がってはいるものの)個別分野の掘り下げになっています。

そしてようやく、第5章で、現実に様々な地域が直面している課題(空き家問題・コンパクトシティなど)に対しての説明がなされるわけです。

その意味では第1章→第5章→その他の章の順で読んだ方が「楽しい」読書になるかもしれません。第1章から~第4章では日本の住宅市場や都市が今日のように形成されていった過程が述べられますが、記述が客観に徹し、決して先走ったりしないので、「それの何が問題なんだよ」という思いを抱き続けることになり、フラストレーションがたまるかもしれません。

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