物語論・創作論

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鬼滅の刃

「鬼滅の刃」で活躍する「優しさ」を持たない剣士たちの話

現代ビジネスに精神科医である斎藤環氏による面白い「鬼滅の刃」評論が掲載されていた。 この中で、斎藤氏は鬼殺隊の「柱」たちがみな鬼による加害または親による虐待を受けた被害者であり、それゆえに戦いの動機に怨恨を孕み、そのうえ、彼らの性格が狂気に満ちていることを指摘している。ここで重要なことは、鬼殺隊の「柱」もまた、ほとんど全員が――甘露寺蜜璃を除き――鬼による犯罪被害者であるということだ(煉獄杏寿郎と宇髄天元は鬼の被害は受けていないが親からの虐待サバイバーである)。その意味で「鬼滅」とは、「正義の被害者(柱)」が「闇落ちした被害者(鬼)」と戦う物語、でもある。そして留意すべきは、「正義」はしばしばトラウマ的な出自を持つ、ということだ。鬼殺隊の人々が正義の刃を振るうのは、もちろん社会の治安と安全のためではあるのだが、その動機はしばしば怨恨であり、その向かう矛先は鬼であり鬼舞辻無惨だ。その正義は鬼退治の正義であって、その限りにおいて普遍性はない。「正義」はしばしばトラウマ的な出自を持つがゆえに、しばしば暴走し、狂気をはらむ。「柱」の剣士たちは、そうした覚悟を固めすぎた結果、みんなサイコパスに...
砂時計

【物語論】00年代の恋愛漫画「砂時計」から感じる現代の少女漫画から失われたリアリティについて

2000年代前半に雑誌連載され、人気を博した「砂時計」という恋愛漫画があります。植草杏(うえくさ あん)が小学生のときに東京から島根へと転向して同学年の北村大悟(きたむら だいご)と出会う場面から始まり、社会人になってから杏と大悟が結婚するまでの経緯が描かれる漫画です。北村夫妻は結婚後島根県で暮らすことになり、杏は介護の現場で、大悟は小学校教員として働きます。差別や偏見、倫理や道徳の問題に踏み込むような言動かもしれませんが、現実問題として、少女漫画(あるいは恋愛漫画)のヒロインが最終的に介護職員になるのはかなり珍しいのではないでしょうか。大悟と結婚する以前、杏は東京でも働いていたのですが、そのときも派遣の事務職員として働いていました。経済的に成功している、という類の職業ではありませんし、いわゆるヒロインが就きそうなキラキラした職業でもありません。一方、大悟の小学校教員という職業はどうでしょうか。それなりに社会的地位が認めらている職業ではありますが、決して高給ではありませんし、近年はブラックな労働環境について報道されることも多い職種です。また、小学校教員になるには大学で教職課程を履修しな...
エンタメ

【創作論】「1518! イチゴーイチハチ!」の設定から考える、現代の学園漫画において生徒の多様性を描く困難

「1518! イチゴーイチハチ!」という漫画が好きです。王道の青春学園漫画であり、真摯に楽しく高校生活を謳歌する登場人物たちの姿に胸をうたれる作品になっております。そんな「1518! イチゴーイチハチ!」の舞台になっているのが「松栢学院大付属武蔵第一高校」という埼玉県の私立高校。コースが偏差値順に「選抜」「特進」「情報」の3つに別れており、それぞれのコース内でクラスが組まれています。「情報」にはスポーツ推薦で入学した生徒も多いため、スポーツコースと茶化されたりもするという設定。本作は生徒会活動を中心に描いた作品ですので、それぞれのコースから集まった生徒会役員たちが友情を深めていく物語になっております。読んでいるあいだは夢中になって気づかなかったのですが、あらためてこの設定を眺めると、上手く考えたなと思います。現実問題として、都市部であればあるほど一つの高校には同質な生徒が集まりやすい傾向があります。普通科の高校は偏差値ごとに階層が細かく区切られているため、知能や家庭環境の似通った生徒が集まりやすくなっており、工業や商業、情報系や芸術系といった特色ある学科にはその学科に惹きつけられるよう...
楽曲紹介

【中森明菜】「セカンド・ラブ」という曲の歌詞に感動した話【昭和歌謡】

1980年代アイドルの筆頭といえば松田聖子さんが挙げられると思いますが、松田聖子さんと双璧を成した存在として中森明菜さんも非常に有名です。私は1980年代を生きたことがないので当時の感覚ついては造詣がないのですが、人気では常に松田聖子さんに次ぐ二番手であり、松田聖子さんが光ならば、中森明菜さんは影というような、まるで漫画の設定かと思われるような対称性を持つ二人だったようです。そんな中森明菜さんのサードシングルにして代表曲が「セカンド・ラブ」という曲です。歌詞の冒頭、私が感動した箇所を引用しましょう。恋も二度目なら 少しは上手に愛のメッセージ 伝えたいたったこれだけのフレーズなのですが、恋愛について歌った女性歌手の曲としては非常に斬新な表現になっています。通常、恋愛について歌った曲は2種類に分けられます。一つ目は、積極性や性愛に対する奔放さを前面に押し出した曲です。女性が男性に対して積極的にアプローチをかける様子だったり、世間の目や抑圧的な価値観に反抗してでも性的な事柄への素直な欲求を表明する自分、というものが表現されます。中森明菜さんもセカンドシングルである「少女A」はこのタイプの曲だ...
創作論・物語論

教養書 「千の顔を持つ英雄」 ジョーゼフ・キャンベル 星3つ

1. 千の顔を持つ英雄哲学者・神話学者として有名なジョーゼフ・キャンベル教授の代表的著作で、ジョージ・ルーカス監督が本作を参考にして映画「スター・ウォーズ」シリーズを製作したと述べていることでも有名です。世界各地の神話に見られる「英雄の旅」。一見、それぞれの神話は全く異なる物語や意味を提示しているようで、その実、そこには共通の構造や意味があり、それこそ過去の人々が神話を構築して後世に伝えようとしたある種の「真理」だという画期的な神話解釈で脚光を浴び、今日まで創作者のバイブルとして扱われています。2. 目次プロローグ モノミスー神話の原型第一部 英雄の旅第二部 宇宙創成の円環エピローグ 神話と社会3. 感想神話での「英雄の旅」における典型的な展開が短く説明されたのち、それを立証するために大量の古今東西神話エピソードが紹介されるという流れで基本的には話が進んでいきます。とはいえ、さすが「哲学者・神話学者」という著者の肩書だけあって、決して読みやすい本ではありません。紹介される神話のエピソードはほとんどが断片的なもので、普通の人にとって「ああ、あの話ね」とピンとくるエピソードはほとんどないと...
響け!ユーフォニアム

「響け!ユーフォニアム」石原立也 評価:4点|せつなく激しい人間関係が交錯する、波乱万丈の吹奏楽スポ根一筋縄ではいかない人間関係が交錯する波乱万丈の吹奏楽スポ根【青春アニメ】

2015年に放送された、高校の吹奏楽部を舞台にしたアニメーション作品。「涼宮ハルヒの憂鬱」や「けいおん!」を手掛け、深夜アニメ界隈では評価の高い京都アニメーションの制作です。原作は武田綾乃さんが著した同名小説であり、ライト文芸が全盛の文芸界ではありますが、どちらかというと昔ながらのジュブナイル青春小説という装いの作品です。「吹奏楽」がテーマなので、音声を入れられる映像表現でさらに磨きをかけられると思ったのかもしれませんが、ライトノベルでもライト文芸でもない原作で勝負をかけてくるところに、京都アニメーションが他のアニメ制作スタジオと一線を画そうとしている気概を感じます.そんな本作ですが、近年の深夜アニメでは稀にみる出色の作品であると感じました。昔ながらの「スポ根」的な要素を上手く現代に蘇らせた作品であり、なおかつ、人間関係を主軸としたヒューマンドラマを魅力的に描けている作品でもあります。時おり挟まる過度な、いわゆる「百合」描写を除けば、そのまま午後6~7時台で放送されていてもおかしくないような、そんな王道青春部活物語になっております。あらすじ舞台は京都府宇治市、主人公は高校の新入生である...
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