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「ジョーカー」トッド・フィリップス 評価:2点|格差社会における現代的な貧困が生んだ「無敵の人」による凶行を描いた点に注目が集まったバッドマンシリーズのスピンオフ【アメリカ映画】

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ジョーカー
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アメリカンコミックの名作である「バッドマン」は映画シリーズとしても人気ですが、その「バッドマン」シリーズにおける悪役の一人、ジョーカーの過去を描いた所謂スピンオフが本作の位置づけとなります。

とはいえ、本作が世界的に大ヒットした理由は「バッドマン」人気とは別のところにあるのです。

本作の主人公であるジョーカーことアーサー・フレックは精神疾患を持った中年男性であり、僅かな賃金を得られていた職業としての道化すらクビになって貧困に苦しんでいます。

認知症を患っている母と二人暮らしで、介護にも時間と気力体力を奪われる生活。

彼の未来には一切の「希望」がありません。彼には失うものが全くないのです。

インターネットスラングを用いるのならば、アーサーは「無敵の人」となってしまったわけです。

そんな「無敵の人」が辿る人生の行方、その過程の描き方、演出方法が異常なリアリティを持っている。

そういった、いわば社会派映画としての側面において本作は世界的に好評を博しているようです。

しかしながら、個人的な感想といたしましては、凡庸な作品に感じられました。

確かに、「無敵の人」のリアリティを描いているだとか、格差が蔓延る希望なき現代社会を描いている、という評価は間違いではないのでしょう。

ただ、それらを「描いている」だけで、そこに物語的な工夫とその工夫による驚きや感動があるかというと、そうでもないかな、というのが私なりの総評です。

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あらすじ

舞台は架空の大都市であるゴッサム・シティ。

アメリカの大都市らしい、極端な格差社会の様相はこの都市にも健在であり、極端な財政難に陥っているという状況のもと、富裕層がゆるぎない地位と権力を得ているのとは対照的に、貧者を救うはずの社会福祉政策は縮退していくばかり。

そんなゴッサム・シティに、主人公であるアーサー・フレックは住んでいる。

派遣道化師としての僅かな収入を頼りに認知症を抱える母親との生活をなんとか営んでいたものの、ある事件をきっかけに職を失ってしまい、その僅かな収入さえ途絶えてしまう。

精神疾患を抱えるアーサーにとって、不況の嵐が吹き荒れる街での再就職は難しく、それどころか、社会福祉予算の削減により、市営のカウンセリング施設にすら通えなくなる始末。

絶望のあまり道化師の姿で地下鉄に乗っていたアーサーだが、同じ車両内には大企業の若手サラリーマンと思われる三人組も同乗していた。

悪態をつく三人だが、輝かしい前途のある三人でもある。

絶望的な対比を前に、アーサーが採った行動とは......。

感想

上述の通り本作の基本設定はアメコミ/ハリウッド映画である「バッドマン」を下敷きとしており、貧富の格差が激しく、一部の大富豪が栄えている反面、貧困が蔓延っているゴッサム・シティの設定も「バッドマン」に忠実なものです。

この「一部の大富豪が栄えている反面、貧困が蔓延っている」という度合いや演出がいかにもフィクション的なものというよりはシリアスで真に迫るものであり、貧富の格差拡大が止まらない現代先進国の傾向を上手に反映したものとして評価されていることには頷けます。

そして、現代の格差社会、その中でも特に貧困側の特徴として語られるのが孤立です。

親戚同士の付き合いや地域共同体での相互扶助という関係性から解き放たれている現代人は、それによって自由を享受している反面、貧困に陥ったとしてもそういった「繋がり」からの援助を受けづらく、貧困状態から抜け出せなくなってしまうことが多いという指摘は社会問題についての議論では定番の論点でしょう。

本作の主人公、アーサーもまさにその状態に置かれています。

精神疾患を抱えているため、本人の就労機会に制限ができてしまうのはもちろのこと、認知症気味の母親との同居は更なる金銭的・精神的負担をアーサーに強いており、それでいて、そんな状態の人間と友情を取り結んで助けてあげよう、などという人物は現れません。

極限状態の中、アーサーが同じアパートに住むシングルマザー、ソフィーとの恋愛関係を妄想してしまうという演出により、アーサーの抱える孤独と絶望が嫌というほど表現されています。

生きている意味を見いだせないアーサーが凶行に走っていく過程、顧みるものを持たない「無敵の人」による捨て身の犯行、貧困と孤独、そして何より絶望が生む悲劇。

こうした一連の流れが分かりやすく描かれており、貧困の在り方も、「無敵の人」による一匹狼型の犯罪という特徴も、確かに現代社会を反映していると言えるでしょう。

共同体から投げ出されている現代の人間が唯一あてにできる拠り所であるはずの、政府による福祉政策さえ、財政難によりその門戸を固く閉ざしてしまう、という展開が挟まってアーサーの絶望を加速させるなど、その表現の細かさには余念がありません。

社会問題を忠実に織り込んだ狂気のスリラー映画である、という評価に曇りはないと言えます。

ただ、それ以外の物語的な工夫や美点がなく、本作の創作的な部分、物語としてのオリジナリティに心動かされる部分があるかというと、それはなかった、という点が、本作に対する私なりの批判です。

こういう現実ってあるよね、深刻な問題だよね、以上。

そうとしか感じられない映画になっており、評判のわりに見ごたえがあるかというと微妙だった、という印象を受けました。

現代的貧困と孤独に陥った『無敵の人』が狂気的な犯罪を実現する。

そういった、物語のパッケージ/レッテル/分類以上の何かがあると、3点を与えられたと思うのですが、これでは2点(平均かそれ以下の、凡庸な作品)が限度です。

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ホアキン・フェニックス (出演), ロバート・デ・ニーロ (出演), トッド・フィリップス (監督)

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