スポンサーリンク

「H2(エイチツー)」あだち充 評価:4点|2人ずつのヒーローとヒロインが織り成す野球と恋愛の青春物語【野球漫画】

スポンサーリンク
H2
スポンサーリンク

普段は気の置けない親友でありながら、いざ野球となるとプライドをぶつけ合うライバル同士である。

しかも、比呂は弱小公立校である千川高校から甲子園を目指す一方で、英雄は明和第一高校という私立の野球強豪校で一年時から四番サードという立ち位置。

加えて、本作では東京地区が「北東京」と「南東京」に分かれているという設定になっており(現実では「東東京」と「西東京」)、千川高校は北東京地区を勝ち抜いて甲子園出場切符を手に入れなければ、南東京代表の明和第一高校とは戦えないという仕組みになっております。

つまり、強豪校に所属する親友でありライバルが甲子園で待っていて、主人公たちは挑戦者としてそこに辿り着こうと藻掻くわけです。

この構図は作中で首尾一貫しており、凡百の少年漫画でありがちな、当初はあの敵を倒すのが目的で、それを倒したら次はアイツ、その次はコイツ、という行き当たりばったり感がなく、英雄との対決に向けて比呂が弱小校を背負って戦っていくという物語への没頭が妨げられません。

文章にすると当たり前に感じられるかもしれませんが、このような「面白い物語」における当たり前を外さずに一つ一つポイントを確実に抑えてくるような面白さが本作の魅力なんですよね。地力がしっかりしている漫画という印象です。

さて、物語全体の枠組みが「英雄との対決を目指す」だからといって、甲子園までの道中が比呂にばっさばっさと薙ぎ倒されていくモブキャラだらけかといえばそうではありません。

ある種の悪役として千川高校の前に立ちふさがるのが、栄京学園高校の広田ひろた勝利かつとしという男です。

打ってよし投げてよしの万能選手というところまでは比呂と英雄を足したような人物なのですが、勝利のためには手段を選ばない冷酷非道な性格が難点であり、故意死球や陰湿なラフプレーを駆使して相手の主力選手を怪我させることにより確実に勝ちに行く野球を好みます。

そういった広田のやり方を許容どころか推奨する非道な監督のもと、広田が皇帝のように君臨しているのが栄京学園高校野球部という設定になっております。

相手に怪我をさせる野球が得意戦術、というのはさすがにややフィクションがかっているように感じましたし、比呂や野田を練習中に怪我させるため、自分の親戚を千川高校野球部に送り込むという手法はさすがに「漫画だな」と思ってしまいましたが、結局は上手いことほろりとくるような人情話に上手く纏めるから良いんですよね。

人間にはそれぞれ事情があって、だからときには倫理に悖ることをしてしまうこともあるし、そんなことをしていなくたって誤解を受けることもある。

それでも、何か愛するもの(本作では野球であることが多いですが)があるから一生懸命に生きられる、あるいは、何かに一生懸命になって達成感や充実感を得た経験を通じて一皮むけて大人になっていく。

どのキャラクターに対してもその過程を丹念に描いているからこそ、大枠としていかにも漫画的展開でも、キャラクターたちの言動や感情を相当な現実感を持って生々しく感じ取ることができます。

なんというか、あだち充さんって「演出」の漫画家だと思うんですよね。

キャラクターの表情や背景物、カメラ回しや台詞回し、コマとコマの「間」といった要素が最大限に利用されて侘び寂びと形容しても過言ではない空気感を醸し出されるのは見事なものです。

とはいえ、決して書き込みが多いほうの漫画家ではなく、むしろ、平均よりも簡素なくらいなのですが、その「なにもない」場所の存在によって、却って、キャラクターの感情や場面における興奮と沈着の起伏、物語の質感が見事に表現されているという美しさが本作にはあります。

さて、そういった主人公(国見比呂)とライバルたち(「好敵手」の橘英雄、「悪役」の広田勝利)との闘いも見ものなのですが、本作は脇役たちも良い意味でキャラが立っていて物語を盛り上げてくれます。

特に重要な人物として物語に華を添えるのが木根竜太郎という人物で、まさに本作における「努力」を象徴する野球人として主要な役割を果たすのです。

本作の弱点として、比呂や英雄、栄京学園高校の広田、それから比呂とバッテリーを組む野田といったキャラクターの実力を最初から殆ど最高値に設定してしまっており、それぞれが天才的気質を持っていてなおかつ平素から努力家という要素を付与してしまっているので、こういった主要登場人物たちの印象的な「努力」場面、換言すれば、弱者が強者を倒すための、どこか惨めささえ感じられるような、そんな血の滲むような努力が行われる場面が少ない点があります。

その一方で、木根という選手は、比呂や英雄からは一枚格が落ちる選手として描かれ、性格もややひねくれていてしかもお調子者という、三枚目の人物として物語をコミカルにする役割を普段は与えられています。

この「一枚格が落ちる」という調整具合が重要で、並み居る天才たちに対して一枚格が落ちるということは、この超高校級の実力を持つ主要キャラクターを除けば作中最強格なんですよね。

実際、英雄がチームに入ってくる前は中学時代のチーム(白山エンジェルス)でも四番でエースだったわけですし、平凡な高校の野球部であれば四番エース級の実力を持っていて、ついに甲子園に出場した千川高校でも常に一番センターを任せれており、比呂と野田の次に実力のある選手として扱われ続けています。

しかし、比呂や英雄、広田を中心に据えた物語であるからこそ、彼はずっと「負けキャラ」として演出されますし、HEROになれないことを自覚している本人も進んで三枚目を演じているようにさえ見えます。

そんな彼が大舞台で輝くのは、本作を既に読破済みの方はもうその場面を思い出して泣きそうになっているかもしれませんが、物語も佳境に入った最終盤、甲子園の準決勝でのことです。

決勝戦で明和第一高校に対して万全の状態で挑むため、千川高校は連投続きだった比呂を準決勝で温存し、木根を先発させるのです。

木根はチーム内で比呂に次ぐ二番手投手の役割も負っていましたので、比呂を出さないという前提のもとでは妥当な選択ではあります。

コメント