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「H2(エイチツー)」あだち充 評価:4点|2人ずつのヒーローとヒロインが織り成す野球と恋愛の青春物語【野球漫画】

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H2
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そんな比呂のことを好きになるのが、もう一人のヒロインである古賀春華です。

大人っぽい雰囲気のひかりとは対照的な、可愛らしくて甲斐甲斐しい女の子として春華は描かれます。

幼馴染三人組の関係性に春華という存在が介入していく。

ここで重要なのは、春華は幼少期の比呂を知らず、春華にとって比呂は最初から頼りがいのあるエースピッチャーとして目の前に現れたことでしょう。

本作の人間関係における肝になっている部分として、中学生時代の比呂を知っているか否かで比呂に対する態度や見方が変わるという点があります。

英雄やひかりはもちろんのこと、千川高校でのチームメイトでも唯一、木根はほんの一瞬だけ白山エンジェルスでもチームメイトだったわけで、少なくとも眼中になかったことを分かっているわけです。

幼少期のチビで生意気で野球下手な比呂を知っている面子にとって、比呂は気軽に悪態をつける相手という認識です。

一方、千川高校に入学してから比呂と知り合った人々にとって、比呂は崇めるべき存在に近くなっています。

入学時から絶対的エースかつ主力打者であり、性格も良く仲間想いで、無名の公立高校を甲子園まで押し上げることのできる選手、まるで野球の神様が遣わしたような選手に見えるわけです。

春華も例に漏れず比呂に夢中なわけで(「夢中」の表現をコメディ的にしないところが本作のいいところです)、比呂にとっては実質的に追いかけられる恋となっているわけです。中学生時代には考えられないことでしょう。

しかし、きっとプロ野球選手としても大成していく比呂にとって、女の子から追いかけられる恋というのは当たり前になるはずで、春華から寄せられる想いというものは比呂がこれから経験していく人生で頻出の出来事の一つであるはずです。

つまり、本作は比呂の精神面において、誰かに憧れることが当たり前の世界から脱して、誰かに憧れられる存在として生きる世界を歩んでいくその転換点の物語になっているのです。

ひかりという「お姉さん」への幼い恋心から脱却して、誰かを導き守るという、青年なり大人の恋愛に移行する。

二人のヒーローと二人のヒロインを用意して、幼い頃の自分といまの自分の恋心を主人公に見つめさせるという工夫が光るります。

後から追いついて追い越すのでは、どう転んでもひかりの恋人にはなれないんですよね。

ひかりと歩調を合わせていられるのは英雄だけなのです。

とはいえ、最後の最後まで運命がどう転ぶのか分からないように巧妙に恋愛話を運んでいく構成となっており、英雄と春華というペアもいい感じになる場面を用意したりと、主人公1人に対してヒロイン1人だったり、主人公1人に対してヒロイン複数人という組み合わせでは絶対に為し得ない、2対2だからこその読みどころを取り揃えてくるので、思いのほか恋愛パートにも惹き込まれてしまいました。

さて、ここまで野球面でも恋愛面でも基本的にベタ褒めしてきましたが、最終的な評価は5点(人生で何度も読み返したくなる名作中の名作)ではなく4点(概ねどの要素をとっても魅力的な、名作・名著に値する作品)ということで、減点ポイントとなった欠点についても述べていきます。

まず重要な欠点としては、主人公についての明確な成長描写がないことでしょう。

本作の主人公である国見比呂は基本的に、野球に関しては完璧超人として描かれます。

野球の技術や体力について根源的な課題に直面することはなく、チームが敗北するときは味方のエラーか比呂自身の避けがたい怪我によって敗北するばかりで、決して自分自身の実力不足が露呈することはなく従って、野球の実力について葛藤して何らかの工夫を伴った努力を開始するとか、そういった描写がないのです。

もちろん、努力描写だらけであれば面白い漫画になるのかというとそれは違いますが、一人の小さな人間としてもがき苦しむ描写の一つでもなければ自分事のように感情移入することは難しく、結果的に物語全体への没入感をある程度阻害します。

この傾向は準主人公格である橘英雄にも当てはまりますし、なんなら、野田敦以下、ほとんどの千川高校野球部員にすら当てはまります。

唯一、例外といえるのが上述した木根竜太郎ですが、本作における野球に対する努力描写が木根に偏り過ぎているうえ、その木根の努力描写でさえ比較的あっさりしているのがやや辛いところ。

その意味で、野球についての本格的な描写があるにも関わらず、スポ根漫画要素がなさすぎるという変則的な脚本となっておりまして、高校生を主人公とした青春野球漫画を評価するにあたってはやはり減点せざるを得ないのではないでしょうか。

千川高校においてはレギュラー争いなどの描写もほとんど存在せず、そういった、野球漫画における典型的な「熱い」展開があっさりと捨てさられているのはもったいないと言えるでしょう。

コマとコマの「間」を持ちいることで、あっさりとしながらも不思議な情感を残す作風が特長の本作ですが、もう少し高校野球や運動系の部活のねっとり感を出す場面があっても良かったかもしれません。

また、悪役である広田勝利の用いる作戦がやや非現実的過ぎるという点も欠点として挙げることができるでしょう。

敢えてラフプレーを行い相手を怪我させるというくらいならば、まだ漫画としての描写の範疇に入るとは思うのですが、自分の親戚をライバル校に入学させて、偶然を装ってライバル校のエースを怪我させてしまおうというのはさすがにギャグ漫画のやり方だと言わざるを得ません、

あだち充さんの技量の高さによって、なんとなくリアリティがあるように描かれるので、読んでいるうちはスラスラと頭の中に入ってくるのですが、いざ思い返してみると「変だよなぁ」となってしまいます。

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