そういった、ヒカルの精神的成長の描き方に王道の魅力があるからこそ、本作には囲碁自体の競技性に依存しない、少年の成長譚という物語としての面白さがあります。
もちろん、一般に面白いと評価されている漫画において、主人公の成長要素が存在しているのは当然のことかもしれません。
ただ、本作は現実世界を舞台としていながらも、主人公たる少年が辿る人生の道筋が他の漫画とは一線を画しています。
小学生のときに佐為及び囲碁との出会いを経験し、中学校では囲碁部に入部して大会に出場する。
ここまでは一般的な漫画と同じでしょう。
しかし、ヒカルは囲碁界におけるプロ養成機関に入るため、中学の囲碁部を三年生最後の大会前に退部します。
(プロ養成機関に入り「院生」になると、アマチュアの大会には出場不可となる規定がある)
ここでヒカルは「一般的な人生」と決別し、職業人としての囲碁棋士を目指す仲間たちと切磋琢磨しつつ、自分の特別な将来を切り拓いていくことになるのです。
こうした展開を採るからこそ、本作は現代社会を舞台として12歳の男の子が16歳になるまでを辿った物語であるにも関わらず、いわゆる「学園モノ」にも「部活モノ」にもならないという特異性を獲得しております。
囲碁棋士の卵である「院生」という肩書きを得て、10代で競技/芸時のプロとして就職することを目指すヒカルたち。
(実際、主人公の進藤ヒカルは14歳でプロ試験に合格しますが、ライバルの塔矢アキラはなんと13歳でプロ入りします。「院生」でいられる期間は17歳までであり、それまでにプロになれなければ、その後は「外来」としてプロ試験を受けることになりますが、その年齢制限も本作連載時で30歳まで。現在は更に引き下げられているようです)
囲碁のプロになるためには「院生」という道筋を辿らなければならない。
だからこそ、ヒカルを含めた登場人物たちは現代的な子供という側面と同時に、プロ試験や徒弟制度の存在する環境で囲碁道を究めていくという、現代においては非常に特異な環境で心身を鍛えられる若者という側面も持つようになります。
10代の子供たちが活躍する物語を「学園もの」や「部活もの」という括りの中で描こうとすると、そこにはどうしても甘さや幼稚さが出てしまいます。
なぜなら、そうした環境ではほとんど同年代とばかり交流することになり、刺激を受けると言っても一学年か二学年上の先輩から刺激を受ける程度のことになります。
また、肩書が学生である限りは、そして、通う場所が学校である限りは、ある程度の幼稚性が許される環境になってしまうため、それこそ本物の「大人」にまで鍛え上げられるような、劇的な精神的成長を描くことが難しくなってしまいます。
しかし、進藤ヒカルが足を踏み入れる囲碁の世界では、プロ候補生である「院生」でいられるのは17歳まで。
それまでにプロ試験を合格して「就職」しなければならないという重圧に晒されている先輩たちと鎬を削りあいながら交流し、ヒカル自身もまた、10代前半にして職業人となるための努力と覚悟を強いられます。
プロになるという覚悟をもとに上達への道を模索し、その過程では仲間とともに碁会所へ通って中年のアマチュア相手に置き碁(囲碁におけるハンディキャップマッチ。通常は先手と後手が順番に石を置きあって陣地を形成し、より広い面積を囲った側の勝利となるが、「置き碁」では最初から一方の石が幾つか碁盤に置かれた状態から勝負が開始される。作中ではヒカルたち「院生」が十歳どころか三十歳以上歳の離れたベテランアマチュア相手にハンディキャップを与えて対局する)で打ったり、韓国系の碁会所を訪れて韓国人の研究生(日本の「院生」に相当。ヒカルの碁連載当時は韓国が囲碁の世界最強国)と打ったりしますし、プロ試験では「外来」として試験を受けに来た29歳の人物に翻弄されるなど、「大人」や「外国」の洗礼を「学校」という保護フィルターを通すことなく浴びなければならない場面が多く出現するのです。
番外編ではありますが、ヒカルの院生友達である奈瀬明日美が「院生」であり続けることに迷い、「普通の女の子」としての一日を実践しようとする一編があります。
最終的に、奈瀬は自分の中に眠る囲碁への想いを再確認して「院生」へと舞い戻るのですが、囲碁界における「院生」という立場、つまり、職業人養成所とプロ試験所を兼ねた機関に所属して毎日囲碁の鍛錬を積む世界がいかに普通の中高生の住む世界と隔絶されているかを確認できるエピソードとなっております。
また、ヒカルが中学校の囲碁部から、日本棋院の院生、そしてプロへとステップアップする過程において取り残されていく人々もまたヒカルの成長を最後まで支える糧となってくれるのが本作の魅力でもあります。
小学生のときに佐為及び囲碁との出会いを経験し、中学校では囲碁部に入部して大会に出場する。
ここまでは一般的な漫画と同じでしょう。
しかし、ヒカルは囲碁界におけるプロ養成機関に入るため、中学の囲碁部を三年生最後の大会を前に退部します。
先ほどはこのように述べて中学生編の記述を飛ばしましたが、部員が一人しかいない中学校の囲碁部にヒカルが入部し、様々な手段で部員を増やし大会出場へと漕ぎつける過程に魅力があることはもちろん、この囲碁部からヒカルが去っていく場面の描写が非常に「熱い」のです。
ヒカルはプロになるべく院生試験の受験を決意するのですが、院生はアマチュアの大会(含、中学生大会)に出場できないという既定のことをヒカルは知らず、院生試験を受ける旨を部員に伝えると反発と呆然がそこには待ち受けていました。
しかし、囲碁が強い将棋部の部長という設定で登場する加賀鉄男の発言により、囲碁部員たちは夢を追うヒカルの背中を押すことを決意。
最後の対局として、加賀が提案した「進藤ヒカルV.S.加賀+囲碁部員2名」の三面同時打ちの対局が始まるのです。
常人ではまともな勝負をすることも困難な三面打ちでヒカルは囲碁部員二人を圧倒し、加賀にも惜敗という結果を残して「プロ候補になる自分」という存在の説得性を去りゆく囲碁部に見せつけます。
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