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「ヒカルの碁」ほったゆみ・小畑健 評価:4点|最強棋士を巡るサスペンスと囲碁を通じて成長する少年の青春物語【囲碁漫画】

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ヒカルの碁
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名人を父親に持ち、二歳の頃から囲碁を打ち始めると、その才覚と努力の両輪が見事に嚙み合って実力を伸ばし、十二歳の時点で既に「なんでまだプロ試験を受けないの?」と言われてしまうほどの傑物としてアキラは本作に登場します。

野良の小学生であり、佐為との出会いを通じて12歳から渋々囲碁に関わり始めたヒカルとは対照的な経歴の持ち主。

これで性格が悪ければ凡庸なライバルというところなのでしょうが、本作の巧妙なところは、彼を人当たりの良い人物として描き、しかも、囲碁に対して並々ならぬ向上心を持っている人物として描く点です。

こんな設定ではヒカルとアキラのあいだにライバル関係など生まれるはずもなく、アキラが順当にプロ入りして大活躍するだけになるのではと思ってしまうのですが、このアキラに対して、進藤ヒカルではない「壁」が本作では用意されています。

それが藤原佐為なのです。

囲碁という競技を完全に舐めている初期のヒカルは、自分にだけ見える幽霊である佐為の指示通りに囲碁を打ち、同世代には負けるはずもないアキラに対して圧勝を収めます。

対局なんて一度もしたことがない、石もろくに持てない、同じ年齢の小学生に負けた。

その衝撃が、彼の囲碁への意欲を年齢の割にあまりにも落ち着いたものから、若者らしい情熱的なものへと変換させ、その熱量がエリート街道を淡々と歩んできた彼の人生を攪拌していくのです。

あの最強の打ち手となんとか再戦したい、再戦に値するような棋士になりたい。

しかし、手を尽くしてヒカルと再戦しても、ヒカルは最強の棋士として立ちはだかってはくれず、初心者丸出しの打ち手としてアキラを失望させる。

ヒカルなどライバルと呼ぶにも値しないという気持ちと、それでも最強棋士ヒカルの幻影を忘れられない気持ちが拮抗し、最強棋士の影をヒカルの中に見出そうとしたり、そんな現実はなかったのだと自己否定したりして戸惑いながら、以前にも増して激しい鍛錬を積みつつ、要所要所で振り向いてヒカルを意識し、結果的にヒカルを本物の最強棋士へと引き上げていく塔矢アキラという人物。

確かに存在するはずなのに、どこにも見つけられない最強棋士の背中を追うという、まさに主人公的な役割を追いつつ、それでいて、ヒカルを当初は見下しながらも徐々に認めていくライバルとしての役割も負っている。

ひたむきに努力を続けながら、存在するけれど存在しない最強棋士の謎に挑む姿は、塔矢アキラを主人公にしても十分に魅力的な物語を描けるほどの濃密な魅力を持っており、この塔矢アキラと進藤ヒカルがどちらも魅力100点の実質主人公として作中に両立している点にも本作の特別な面白さがあると言えるでしょう。

ダブル主人公だけれど、物語の面白さを50点ずつで二分しているのではなく、それぞれの物語が100点で、100点の物語同士が重なり合ったり離れたりしながら同時並行して(しかもテンポよく)進んでいく。

平凡な少年に最強棋士の幽霊が取り憑き、一人の身体を二人で使うという設定から生み出されたこの独自性は他作品の追随を寄せ付けません。

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謎の最強棋士を巡るミステリックサスペンス

さて、主人公とそのライバル以外の活躍という、それでもまだ少年誌的な魅力のほかに、本作にはミステリあるいはサスペンスとしての魅力もあります。

それは、幽霊棋士である藤原佐為を巡る囲碁界の物語です。

当初は佐為の指示通りに打って快勝する対局ばかりだったヒカルですが、ヒカルが囲碁を覚えていくうちに佐為の対局機会はどんどん減っていきます。

その状況に対して佐為は不満を漏らし、その打開策としてヒカルが考えた方法こそ、当時出始めだったインターネット囲碁の利用です。

匿名で姿形を晒すことなく利用できるインターネット囲碁の世界ならば、ヒカルが佐為の指示通り打っていても問題にならないだろうというわけです。

しかし、インターネットに現れた最強棋士、ハンドルネーム"sai"は囲碁界に強い衝撃を与え、アマチュアの強豪や、プロ棋士同等の実力を持つ塔矢アキラまでもが敗北するという事態にまで発展すると、"sai"の名前はトッププロたちにも知れ渡るのです。

もちろん、読者は"sai"の正体がヒカルに憑依している藤原佐為であることを知っているのですが、作中の登場人物は誰一人このことを知らないため、"sai"の正体は誰なのかと暗中模索し始めるのです。

読者だけが回答を知っているという、この「逆ミステリ」状態はなかなか興奮に値する状況であり、”sai"と対局した塔矢アキラを再度、「初心者棋士進藤ヒカル」と「最強棋士進藤ヒカル」という二つの存在の間で板挟みになる心理へと陥れます。

自分が佐為の代わりに打っていることが露見することを恐れたヒカルは一旦インターネット囲碁を止めてしまうのですが、この"sai"という名前で佐為がインターネット囲碁を打つというギミックは再度、本作が最高に盛り上がる場面の一つで復活します。

それは、現役最強棋士である塔矢行洋が佐為とインターネット囲碁を打つという場面です。

この"sai vs toya koyo"は作中も非常に人気の高い対局の一つで、私個人としても本作のベストバウトだと思っている一局です。

対局自体はsaiが辛勝し、それでいて、ヒカルが佐為に対して佐為の打ちミスを指摘することで「ヒカルが佐為を超えた」という場面の演出に繋がります。

そして、現役最強棋士にも勝った"sai"の名前は伝説となり、再び囲碁界の話題が"sai"に席巻されるのですが、以前と状況が違うのは、数多くの棋士が既に進藤ヒカルとの対局を経験しており、そこで微かな「"sai"っぽさ」を感じているということ。

世間では特定の師匠を持っていないという設定で通しているヒカルですが、実質的な師匠はもちろん佐為であり、毎日のように佐為と打つからこそヒカルの実力は飛躍的に伸びていくのだという説明が本作におけるヒカルの急成長に対して説得力を与えています。

だからこそ、ヒカルの打ち手は言わば「藤原佐為風味」となっており、他の棋士たちにとってそれはどこか、"sai"を感じさせるものになっているのです。

かつて塔矢アキラがライバル視していて、いったんは突き放したものの、再びライバルと認めつつある存在。

そしてまた、塔矢行洋が"sai"と対局する約束をした直前にヒカルと塔矢行洋が二人きりだったという噂も流れることで、ヒカルと"sai"の関係が疑われるようになるのです。

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