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「日本社会のしくみ」小熊英二 評価:3点|終身雇用制と職能給という雇用慣行が生まれた背景を探求する【社会学】

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日本社会のしくみ
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「職務」ごとの専門分化以前の問題で、そもそも上に立って「マネジメント」を行う立場の人間の供給が圧倒的に不足していた時代背景がこの慣行を形成していきました。

さらに、軍国主義の到来がこの傾向に拍車を掛けます。

軍隊では「大将」や「中佐」といった職能階級と「大隊長」「砲雷長」といった職務割当が並存しており、給与は職能階級で決まる一方、仕事の内容は職務割当で決まります。

また、同じ職能階級でも、ある人は大隊長である人は中隊長ということもあったようです。

ほとんど全ての男性を雇用したこの組織における待遇決定方法は人々の意識に敷衍し、「職務」にとらわれない給与決定方法への違和感をなくしていった面もあるようです(それを言うならば欧州や米国もそうなのでは、と思いましたが)。

とはいえ、こうした職能階級(=年功序列+入社して何十年経ってからの差別化)は一部の大卒エリートや軍の高官が享受する賃金体系であり、戦前の「残余型」といえる現場労働者たちはやはり恣意的な賃金決定と解雇に怯える労働体型を強いられていたのです。

戦後の経済成長によってようやく自由市場下での労働力不足が到来し、ここで(大企業とその労組は)現場労働者にもこの職能階級を広げていきます。

たとえホワイトカラーは歴史的な経緯から職能給になっているとしても、なぜ現場労働者にまで職務給ではなく職能給を広げたのか、という疑問について、本書は以下のように答えています。

すなはち、企業横断的な労働組合や職種団体が存在せず、企業ごとに労働組合が組織された結果、「職務」で差をつけて厳密に評価すると内紛に繋がりかねないという恐れから、結局、採用されたのは職能階級制度であった、というわけです。

また、年功序列賃金制は結婚・(妻の)出産・育児進学といったライフコースにおける支出の増加と親和性が高く、まだまだ生活さえ厳しい中で生活給保障的な側面もあって受け入れられたようです。

その後、「高度経済成長とそれ以降の社会」が始まり、社会の高学歴化による事務職を求める人の増加と現場労働者や現場サービス業従事者を求める企業側のあいだに横たわる雇用のミスマッチが起こり始めます。

それを補うための(総合職というより一般職や現場労働者としての) 女性雇用 、高卒者・大卒者の現場労働や現場サービス業への就職、そして非正規雇用への流入と続いていくわけです。

最終章には著者である小熊さんから現代社会への提案があり、非常にまともなことを言ってはいるのですが、最も重要なのは、こういった日本の雇用慣行の皺寄せを理不尽に喰らっている人々が声を上げていける土壌ができるのかという点なのではないでしょうか。

その意味で、雇用形態や生活費の問題を赤裸々に語る「れいわ新選組」の近年における勃興は興味深いですね。

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結論

面白い本だと思いました。

日本の雇用慣行や海外との比較、それらの形成過程などは様々な分野で盛んに研究されており、それらに普段から関心があって関連書籍を読んでいるという人々にとっては新しい話ではないと思うのですが、一般(非アカデミック)に向けた総集編的な書籍を出すことに意義があるでしょう。

学術的な書籍にあたるのでも、まず前提知識としてこれを読んでおけばという決定版的新書になっていると思います。

ただ、クルップ社や日立製作所など、論を進めるにあたって示されている例がやや限定的で普遍性について疑問を挟む余地が多少なり存在するのが欠点だとも感じます。

個別の例を用いるにしても、「これが普遍的な例なんだ」ということをもう少し強調できるような補論があると「一般法則」感が高まり、チェリーピック感を抑えられるのではないかなと思いました。

統計学も発展していますし、ピケティ本のように膨大なデータからビッグヒストリーをつくっていく手法も流行なので、より基礎データを充実させて分析されていくことを期待しています。

また、国際比較にしても、これはあくまで日本視点から見た比較ですので、欧米諸国が自国の雇用慣行についてどう研究しているのかというところも知ってみたいですね。

日本雇用慣行についての学術的理解を得たいと思うのならば初手としてまず避けられない本だと思いますし、政治・経済・社会に興味を持ったら初めに読む本でもいいと思います。

単独では新鮮さや精緻さに欠けますが、本書による理解を出発点に「日本社会(の雇用慣行)」を考えていくのには良い本だと思います。

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