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「ドラゴン桜2」三田紀房 評価:3点|丸くなって復活した現代風教育漫画【青年漫画】

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ドラゴン桜2
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2007年に完結した「ドラゴン桜」の続編。

人気ドラマとなった前作に続き、本作もドラマ化されております。

低偏差値の高校生を画期的な方法で東大合格に導いていくカタルシスが絶妙だった前作とは違い、本作で東大を受験する生徒たちは偏差値50前後のいわば中偏差値な高校生たち。

しかも、東大合格に導く手法もアプリの活用であるなど「現代風」に媚びてしまっているのがやや破壊力不足に感じました。

普通の高校生が一年間頑張れば東大に合格することができる、をコンセプトにしているようですが、設定が丸くなったぶん展開も丸くなり、常識破りの方法で驚かせると言うよりも、現代の常識を伝える漫画になってしまっています。

それゆえ、やや漫画としての面白さには欠けると思ってしまった次第です。

ただ、現代における教育についての啓蒙漫画としてはそれなりによく出来ており、特に家庭教育についての助言や「勉強」の先にあるもの、現代社会を生きるうえで必要な「勉強」以外のスキルについての言及は示唆的であると思います。

(14巻までを読んだ感想です)

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あらすじ

桜木,さくらぎ健二けんじの活躍により落ちこぼれ高校から進学校へと生まれ変わった龍山高校。

しかし、理事長の娘である瀧野たきの久美子くみこが理事長代行に就任してからは東大合格者が年々減少していた。

このままでは「龍山高校を立て直した弁護士」という自分のブランドが剥落してしまう。

危機感を強めた桜木は龍山高校に乗り込み、再びの東大合格者増を画策するのだが......。

感想

本作で東大合格に挑戦するのは早瀬はやせ菜緒なお天野あまの昇一郎しょういちろうの二人。

いずれも日東駒専を目指すレベルの偏差値を持つ高校生で、早瀬は明るく活発なちゃんこ屋の娘、天野は真面目だが優柔不断なサラリーマン家庭の次男坊という設定です。

低偏差値の不良ばかりという設定が売りだった前作よりもよほど東大に合格しそうな二人であり、事実、作中でも、桜木はかつて自分が東大合格指導を行った水野みずの直美なおみのケースよりも簡単であることを強調します。

そんな二人に桜木が勧める勉強方法はいかにも現代的。

スタディサプリというアプリを使った基礎力の強化や、YouTubeやTwitterに毎日英語で動画や文章を投稿することによる英語力の強化、特定のメニューを組まず自主性を重要視する勉強合宿など、現代的なツールや価値観を反映した手法が実行されます。

それらの手法は確かに説得的であるのですが、漫画として面白いかどうかはまた別の話。

非常識で型破りな、それでいて不思議なリアリティのある手法で成績を伸ばし、低偏差値高校生を東大合格という人生一発大逆転に導いていく。

そんな迫力あるカタルシスが魅力だった前作の面影はかなり薄まっています。

強いて面白くなった側面があるとすれば「普通の高校生」のメンタルに焦点を当てているところでしょうか。

飽きっぽさや「やりきる力」のなさ、自己肯定感不足や自信不足といった、猛烈な受験勉強に必須の精神的な強さを普通の高校生たちがどう身につけて脱皮していくかという描写には力が入っているように思います。

試験の点数がみるみるうちに上昇し、自分はできる、自分は何者かになれるという感覚が強くなっていく。

その感覚がなければ、これからの人生で自発的に「努力」することができなくなってしまいます。

しかし、この感覚は何らかの「努力」をした後でないと身につけることが難しい。

ただ受け身な態度でレールに乗っているだけでは幸福を得難く、何か特徴的な努力なしには何者かになれない社会。

そんな現代社会において、このジレンマを解消させること、自分には何かができると思うきっかけを与えることこそが現代教育の役割なのだと納得させられます。

人格や家庭環境に特段の問題がありまくる、いかにも問題児が集っていた前作において、生徒たちは誰の目からも変わらなくてはならない、変わって欲しい人物たちでした。

一方、本作は普通の高校生が一念発起して努力を開始する物語であり、だからこそ、普通ではダメだというメッセージ性はいっそう強くなっています。

また、前作は問題児たちをいかにスパルタで鍛え上げていくかというミクロな側面を重視した物語だった一方、本作は教育全般がどうあるべきか、どういった力が教育を通じて身についていくべきかというマクロな側面についての言及が多くなっています。

「成功とは、アイデアを提案し、問題解決し、社会貢献すること」

「人の役に立つ目標を達成しつつ、充実した人生を送ってもらう。一生幸福に過ごしてもらう。龍山は生徒を幸せにする。そのための『生きる力』、金を稼ぎメシを食う力を身につけさせる」

作中の講演で桜木が放つ言葉ですが、こういったビジョンについての言葉こそ本作を象徴しています。

東大は知識の詰め込みだけでは合格できない。

東大の問題は知識を応用し、自分なりの思考法で表現しなければ解けない。

こういった東大の問題分析も上述したマクロな考え方に結びついています。

(そもそも高校までの教科書に記載されている範囲の知識からしか出題できないため、知識の詰め込み問題では出題レベルの上限が低すぎることが示唆されるのも面白いところです)

しかしながら、「生きる力」を身に着けさせるために「家事全般を一人でこなせること」や「社会福祉活動を体験し学ぶ」を要求するのは、理屈は理解できますが少し苦笑してしまいます。

桜木が掲げる新生龍山高校のカリキュラムはそのために家庭科教育の充実を図ったり、保育園や介護施設での研修を取り入れたりするらしく、「生徒に生活力を身に着けさせること」や「家事や子育て、介護がこれからの時代いかに大事か、社会学的見地から論理的に学ばせる」と桜木は言い放ちます。

これらが全て重要だということは理解できるのですが、これら全ての力を身につけていなければ現代社会では生きていけないのだと漫画の中で語られるくらいには人間に凄まじい万能さが求められる社会であると痛感します。

正直なところ、こんな力を十全に保有している人間などごく少数でしょうし、多少教育が変化したところでやはり少数に留まり続けるでしょう。

ただ、これくらい万能な人間でないと社会に居場所が与えられない傾向はどんどん拍車がかかっていくと思います。

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