現在、東北大学で准教授を務めておられる著者の博士論文に改稿を加えたもので、中央政府―地方政府の関係性から教育行政においてどのように政策決定がなされているかを研究した本です。
私にとって新たな発見もありましたが、全体的に著者の主張の重要性が十分に論証されていたとは言い難いと感じました。
概要
先行研究において、教育行政は中央政府(=文部省)が機関委任事務や国庫負担金といった制度を通じて地方政府(=都道府県、市町村)を統制してきたと考えられてきた。
しかし、実際には地方政府にも一定の自律性と裁量があり、独自政策を実行する余地がある。
それゆえ、中央政府も、そういった地方政府独自の取り組みや、地方政府による様々な要望を加味したうえで政策を決定している。
そのため、地方政府も教育行政の政策形成に影響を及ぼしており、また、中央政府と地方政府の力関係は一方的なものではなく、双方向的に影響を与え合う類のものとなっている。
目次
第Ⅰ部 制度分析
第1章 第Ⅰ部の課題設定
第2章 戦後日本における公立学校施設整備政策の変遷
第3章 国庫支出金制度の変容――時系列分析
第4章 市町村公立学校施設整備事業の財政統計分析
第5章 財政制度の構造・機能と市町村財政との関連
第Ⅱ部 実施過程分析
第6章 第Ⅱ部の課題設定
第7章 実施過程の基本構造
第8章 都道府県教育委員会の行動と機能
第9章 教育政策をめぐる利益団体の活動と機能
第10章 市町村の実施過程分析
感想
本書では公的教育費支出の中でも割合の大きい学校施設整備政策に焦点を当て、まず、前半部分では先行研究の概略と戦後の文部省による学校施設整備政策の変遷、そして、その核となっている国庫支出金制度の変化について歴史的経緯が述べられています。
要約いたしますと、戦後から70年代後半までは子供の急増と学校設備の量的な不足が焦眉の問題であり、各地方政府は施設の量的拡充を急ぐとともに、文部省も国庫負担金制度や補助金制度を通じてそれを援助していました。
しかし、子供数の増加が頭打ちになって量的拡大という支出拡大根拠を失い、かつ、財政の観点から財務省による削減圧力がかかった頃合いで、文部省は施設整備政策の目的についての主張を、質的拡大の必要性へと変化させます。
すなはち、新時代に合わせ、文化・教養・ITなどの多様性を持った学校施設や、ゆとりある施設容量が必要であるとの主張です。
ここにおいて、文部省と地方政府とが双方向的に政策に影響を与えるようになったというのが著者の主張の一つです。
量的拡大期には、どの地域にどれくらいの子供がいるのかという、文部省が単独で収集できるデータを基に政策を決定することができたので、地方政府は文部省が打ち出す政策に異を唱えても文部省には政策を動かすインセンティブがありませんでした。
しかし、質的拡大期には地方の先進的な取り組みを援助すべきモデルとして他地域への普及を図ったり、現地の細かなニーズに合わせた補助を打ち出すという政策でなければ、文部省自身がその質的優位性、先進性を立証できなくなってしまいました。
そこで、文部省が情報を地方政府に頼ることになり、また、地方政府側も「こういったことが先進的で、質的拡大になります」と情報提供の形で文部省に自らの実現したい政策をアピールできるようになったというのが著者の見方であります。
これらの点について、後半部分では、県教委や県期成会の普段の行動(陳情・情報収集)や、文部省による説明会にどのような考えを抱いているかなどをアンケート形式で収集した結果をもとに、地方政府が文部省に影響を与えていること、地方政府の自律性を立証していきます。
しかし、まず、地方政府が文部省に影響を与えているかという観点では、具体的にどのような結果に結びついているのかという説明に欠けているように感じられました。
著者の立証を支えているのは、県教委や県期成会が自らの文部省への働きかけに意義や効果を感じているということだけであり、文部省がそれをどう受け止め、省内でどのような過程を経て政策に織り込まれるのかという調査がなく、「教育行政の政府間関係」と呼ぶには物足りないものでした。
続いて、地方政府の自律性については、「財政に余裕のある自治体は、文部省による補助に加えて、独自財源で政策を積み増す場合がある」という説明に留まるのみで、非常に限定された自律性だと言わざるを得ません。
著者は市町村が文部省の基準を満たさなけらばならない部分以外では独自性を発揮しようとしていることや、県教委もそれに対して寛容な姿勢を示していること、さらに、市町村が他の市町村にまで視察を行って研究を重ねていることを挙げていくのですが、結局、自律性が僅かにでもあるかもしれないということが証明されているにすぎず、それが具体的に実社会にどれくらいのインパクトがるのかは甚だ疑問でありました。
とはいえ、著者が先行研究への言及で述べられている通り、「従来は地方政府が完全に文部省に従属しているとされてきた」ことを覆すのがアカデミックな世界での大きな成果であるならば、あるいは、教育行政という分野に中央-地方関係という観点を入れるのが当時は斬新であったなら、著者がこの博論を書いた(のであろう)2001年という時期を鑑みると、学術的にはマイルストーンであるのかもしれません。
中央政府と地方政府の関係性に私自身、関心があるために読んでみた本でしたが、期待通りとはいかなかったのが正直な感想です。
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