「起承」において実力・熱意共に一段上に登った吹奏楽部ですが、もし、この「実力や熱意における向上」がなかったら選考はどうなったでしょうか。
どのみち最上級生が選ばれる形ばかりのオーディションがなされ、ぐだぐだとした倦怠感を引きずったまま、充実とはほど遠い演奏でコンクールに臨んだことでしょう。
つまり、「転」におけるオーディションを巡る緊張感は、「起承」において部全体の実力と士気が高まり、一つの重要なポスト、ソロパートという主役の座を巡る良い意味での激しい争いがある「強豪」に一歩近づいたからこそ起こったことなのです。
「起承」があったからこその「転」という意味での流麗さにおいて本作は卓越しております。
さて、ここからは「あらすじ」より先の話になるのですが、結局、部員全員への公開オーディションという形で行われることになった再オーディションでは実力差を見せつけて麗奈が香織を下します。
とはいえ、決着をつけたのは、上級生たちが温情込みで香織を支持する中で、双方の演奏後に滝昇が香織に対して勝者はどちらだと問い、香織が麗奈だと答えるという形でした。
これでも十分に魅力的な演出だとは思うのですが、問われてようやく答えるという描写は、実力差があっても自分が選ばれるかもしれないという温情への期待が香織の心の中にあったような、そんな印象を視聴者に与えてしまうかもしれないと感じました。
香織は瓦解寸前だった吹奏楽部を精神面で支えてきた人格者であり、また、疑いなく努力家であるという側面を考えるならば、「滝の問い」は省略し、麗奈の演奏を聞いた段階で、香織が自ら進んで辞退するという展開がよかったのではないかと思います。
その方が、実力でソロパート奏者が選ばれる(=麗奈が選ばれる)展開を守りつつ、功労者でありながらその地位に甘えず部全体を最後まで優先する香織の魅力がより引き立ったことでしょう。
その姿に麗奈を含む下級生たちが何かを感じる描写があればより感動的であったと思われます。
とはいえ、この作品全体の価値はそれだけでは削がれません。
むしろ、時おり挟まる過度な、いわゆる「百合」描写のほうがよほど余計であると言わざるをえません。
少量の陰影や生々しさを効かせることでより一層、青春の輝きを引き立たせようという作品なのですから、妙なところであまりにあざとく非現実的な「百合」やりとりを入れられても困惑するだけで、嫌悪感しか覚えません。
長々と書き連ねてしまいましたが、ストーリーだけ見てもこれだけ素晴らしく、もちろん、ここでは言及できなかったキャラクターの魅力や情景描写の妙も高い水準にある作品です。
上述した欠点があるため「人生で何度も見返したくなる名作中の名作」である5点は避けますが、「概ねどの要素をとっても魅力的な、名作・名著に値する作品」の4点には十分に値する作品です。
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