第4位 「涼宮ハルヒの憂鬱」谷川流
【ちっぽけな自分と対峙するための冴えたやり方】
・あらすじ
主人公は「キョン」という綽名で呼ばれる高校一年生。
最寄駅を出てから長い坂を登った先にある「北高」が彼の通う高校である。
登校初日、ホームルームの時間は生徒による自己紹介というありきたりな流れに突入していた。
しかし、こに時間こそが全ての始まりとなる。
キョンが無難な自己紹介を終えた直後、キョンの後ろに座っていた女子生徒が立ち上がり、こう宣言したのである。
「東中出身、涼宮ハルヒ。ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上。」
全員が呆然とするなか、それがさも当たり前であるという態度で着席した涼宮ハルヒという同級生。
こんな変わり者とは縁のない学園生活を送ることになるだろう。
キョンの予想兼願望は見事に外れ、キョンはハルヒが創設した謎の団体「SOS団」に加入することになってしまったのだ。
自分勝手に謎団体を立ち上げたって、お前を楽しませるような不思議事象が起こるはずもないんだよ。
そう「常識的に」考えるキョンだったが、SOS団に集結したのはなんと、本物の宇宙人、未来人、超能力者という面子で......。
非常識なことなんて起こりっこないし、そんなことが起こる人生なんて御免こうむる。
そんな「建前」をさも「本音」かのように語って生きてきた凡人読者に対して与えられる強烈な心理的一撃による衝撃と、青春の日々が生み出す喜びと切なさに飲まれること間違いなしの名作ライトノベル。
・短評
いわゆるゼロ年代において、ライトノベル界隈のみならずエンタメ業界全体に衝撃を与えた金字塔的作品の一つです。
素っ頓狂な行動をするヒロインにやれやれ系の主人公が振り回されながら、未来人や宇宙人、超能力者と一緒に世界改変の危機へと立ち向かっていく、といういかにもライトノベル的な物語なのですが、内容は非常に充実しております。
まず、涼宮ハルヒというヒロインは世界を自分の思い通りに改変できる力を持っているものの、その力に対する自覚はなく、彼女の機嫌次第で世界の姿が丸ごと変わってしまうかもしれないという設定が面白さの鍵となっております。
強大な力を秘めた彼女のもとには、彼女の力を使わせないため、あるいは彼女がどのように力を使うのか観察するため、未来人や宇宙人、超能力者たちが本当に集参してしまいます。
とはいえ、未来人も宇宙人も超能力者も涼宮ハルヒに対しては正体を隠しているため、誰よりも不思議な非日常を求めるハルヒがすぐそばに存在する非日常に気付かないという構図となっており、逆に、平凡な日常をどこまでも望んでいるはずのキョンは彼らに正体を明かされ、摩訶不思議な騒動に巻き込まれていきます。
奇矯な肩書と能力を持つ存在が次々と自己紹介をしながら「涼宮ハルヒ」という宇宙的異物についてキョンに熱弁するという皮肉には思わずくすりとしてしまいます。
とはいえ、そんなエンタメ的な面白さとは更に別の個所に本作はその本領を秘めています。
「涼宮ハルヒ」がひたすら不思議な非日常を求めて突飛な行動を繰り返す理由、それは彼女が過去に経験したとある事柄がきっかけとなっており、それゆえに、成績優秀で運動神経抜群、音楽や美術の才能にも長け、容姿にも優れているという普通に「良い」人生を送れるはずのハルヒは敢えてそんな人生を捨てているのです。
物語の開始時点では、キョンが良識ある常識人であり、ハルヒは傍若無人な迷惑人だと多くの読者は認識するでしょう。
しかし、本作を読み終える頃にはきっと、「特別」を追い求めて藻掻く「涼宮ハルヒ」という生き方にどうしようもなく惹かれていること間違いないでしょう。
文字通りライトな筆致で描かれながら、純文学的な深みも十二分に兼ね備えた作品となっております。
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