第1位 「イリヤの空、UFOの夏」秋山瑞人
【少年と少女、無謀な逃避行、ひと夏の青春】
・あらすじ
舞台は園原市という田舎町。
航空自衛軍の園原基地があること以外には何の変哲もないこの町に、主人公の浅羽直之は住んでいる。
夏休み明けの二学期初日、浅羽が通う園原中学校に転校生がやってきた。
彼女の名前は伊里野加奈。
内気で変わり者の転校生はクラスに馴染めないものの、浅羽とその仲間たちの計らいで新聞部に入部し、次第に打ち解けるようになっていく。
しかし、そんな日常にひたひたと迫る軍事的不穏。
そして、伊里野の正体を浅羽が知るとき、二人だけの絶望的な逃避行が始まる......。
・短評
読み終わったあとには魂が抜けて、心にぽっかり穴が開くような、それくらいの大きな感動と喪失感をもたらす小説になっています。
おそらく2、3時間は他のことに手がつかなくなるでしょう。
少年少女が友情を育む、少年が命を賭けて少女を守る、浅羽が追っ手から伊里野を守る。
ただそれだけの物語なのに、浅羽が見せる漢気の熱さと文体の疾走感に絆されてページをめくる手が止まらないのです。
また、少年少女の描き方だけではなく、大人たちの描き方が見事なこともありきたりな小説との決定的な違いになっています。
本作において一応の「悪役」は浅羽と伊里野を追う自衛軍の士官たちなのですが、彼らもまた、浅羽たちが伊里野を仲間として迎え、そして浅羽が伊里野を必死で守ろうとする姿を見て、自分たちの行いが正しいのか否かと葛藤します。
その意味で、官僚的な組織に取り込まれ、いつしか当初の情熱を失ってしまった社会人にも響く内容になっております。
近い将来中学生になる、いま中学生である、かつて中学生だったすべての人にオススメできる、熱くて爽やかで切なくて物悲しい、青春の光陰が詰め込まれた小説です。
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