スポンサーリンク

「バカの壁」養老孟子 評価:2点|現代人が囚われている愚かさの監獄について老教授が語る【社会学】

スポンサーリンク
バカの壁
スポンサーリンク

それは全く「常識」の通じない精神病患者か、そうでなければ、身体が個性的である人物たち、つまり、野球の松井やイチロー、サッカーの中田がそれである。

世の中の様々な事象は、たとえマニュアルを読まずに独創的手法で行おうとしても、試行錯誤のすえ、最終的には筋道立って論理立った一つのやり方に落ち着いていく。

その一つのやり方についての「共通理解」を広めることが教育であり、現実に学校で教えられ社会で活用されている事柄であるのに、その「共通理解」を押し付けられながら、同時に個性を発揮しろと子供たちに言うのは酷であると本章では結論付けます。

スポンサーリンク

第4章 万物流転、情報不変

第3章で述べられた、個性は「身体の構造」にしか宿っておらず、たとえば脳の構造であったり物事を達成するための手法などというものはむしろ普遍的なものだ、という前提に基づき、著者は近年の「個性重視」「情報軽視」の風潮を批判します。

自分自身の個性を確立し、自己同一性(アイデンティティ)を確保すること。

近年重要視されるこの観点を著者は無意味なものだと断じます。

それは、自分の意識、自分自身の考え方というのは日々変わっていくものであり、昨日の自分と今日の自分は決して同一ではありえないからです。

「君たちだってガンになることがある。ガンになって、治療法がなくて、あと半年の命だよと言われることがある。そうしたら、あそこで咲いている桜が違って見えるだろう」

著者のこの言葉はすなはち、そこに桜があるという情報は常に不変だが、自分自身(の個性や物の見方)は変化するものだ、つまり巷で個性と呼ばれているものは実に不確かで変化し続けているものだということを示しています。

だからこそ、自分が何者なのか、などということを無理に定めるのは意味がなく愚かなものだと著者は述べるのです。

それよりも、不変である情報、自分が交わした約束や、他者の発言とそのときの気持ちといったようなことまでも含めた、自分が既に外へと出したものだったり、他者から既に排出されたものをより強く意識して実行したり、理解したりすることが大事であり、自分が何者かなんてことは捨てておいて、実際に存在する情報を意識して行動するべきだと本章は結論づけます。

第5章 無意識・身体・共同体

第5章では、失われた身体性と、大きな共同体の不在、そして無意識の軽視という観点から現代社会の難点が批難されます。

まず著者が指摘する点は現代人を取り巻く身体性の欠如です。

知識ばかりが先行し、実際にどう身体を動かせば自分はどう感じるのか、何が達成されるのかを実感して身体で覚える機会が少なくなってしまった現代。

オウム真理教が流行した理由も、教義の中にあるヨガのような形で身体を動かすと、実際に自分の身体だけでなく意識までもが変化することに若者たちが初めて気づき、それに興奮したからではないかと著者は推察しています。

そうして身体による理解を忘れた現代人は、冒頭に挙げた出産ドキュメンタリーの例のごとく、知識として得ていればもうそれは「分かっている」ことにしてしまい、身体的な実感を通じた理解を伴わなくともよいのだという「バカの壁」を自ら形成してしまっているというのです。

また、そういった個人レベルにおける「身体全体で理解する」意識の欠如は、社会レベルにおいては「共同体意識」の縮小として表れていると著者は述べます。

企業は平然とリストラを敢行して「村八分」を躊躇わず、オウム真理教に心酔してしまった人々に対しては「あれは自分たちとは違う」という視点で観察し、中央省庁は狭い世界の中で省益のみに執心し、日本全体という共同体の中でどう振る舞うかという視点を失っている。

自分あるいは自分を中心としたきわめて小さな仲間のあいだにしか「共感」できず、「他者」の範囲が際限なく広げている人々、そんな「バカ」たちによって社会が劣化して不幸が蓄積しているという分析が示唆されます。

そして、その中では「無意識」が軽視され、矛盾した事象ばかりが起こるようになっていると著者は論じます。

例えば、授業には来るのに最初から最後まで寝ている学生。

彼らは教室に集まり、友達と一緒にいる状態を作りだすことが行動の目的となっており、授業を聞くことはもちろん、友達と「何かを一緒に行う」ということすらせず、ただ一緒の空間に存在するだけの時間を過ごす。

「働かなくても食える」社会を目指して一生懸命やってきたのに、いつしか働いていない人間が蔑まれるようになっており、働いているという身分に誰もが殺到している。

無意識化にはあるはずの「これは意味がない」という認識、そこにまつわる悩みや葛藤が十分に機能せず、ただ表面上の「意識」に振り回されて「バカ」な人々が生きていると著者は喝破するのです。

第6章 バカの脳

第6章では、人間の脳の構造についての解説と、「天才」と「バカ」の脳にある差異などが語られます。

大部分が難解な自然科学的な解説であり、社会との繋がりについての論説は薄いのですが、面白いのは近年の子供たちには前頭葉が司っている「抑制する」機能の低下が見られるのではないかと論じる部分です。

赤のランプが灯ったら何もせず、黄色のランプが灯ったらスイッチを押す、という実験をすると、約三十年前に小学校低学年生が出していた正解率と現代の小学校高学年が出している正解率がほぼ同じになってしまったとのこと。

アメリカでの研究で、衝動殺人犯は皆この前頭葉の機能が低下していたという例を引きながら、本章は脳の抑制機能低下に警鐘を鳴らします。

コメント