漫画 「Paradise Kiss」 矢沢あい 星3つ

Paradise Kiss
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1. Paradise Kiss

「NANA」で有名な少女漫画家、矢沢あいさんの作品。祥伝社が刊行していたファッション誌「Zipper」に連載されていたという異色の漫画で、内容としても、普通の高校生だった主人公がファッション専門学校の生徒たちとの交流を経て変わっていくというストーリー。登場人物たちの服装はいかにもという感じで、大阪モード学園に通っていたという矢沢さんの面目躍如だといえるでしょう。(少女漫画であっても)漫画の登場人物の服装は総じてダサいのが一般的なので、この洗練されたファッションセンスだけでもこの作品の特異性が分かるというものです。「天使なんかじゃない」のレビューではやや辛辣な感想を述べましたが、矢沢さんの作品では「現実的なふりをしたありえない学園生活」よりも「芸術家たちの日常と葛藤」を描いているものが面白いですね。

もちろん、服飾面だけでなく、ストーリーもなかなか良いものだったからこその星3つです。進学校に通いながらも大学受験に意義を見いだせない主人公、全く違う世界を生きる専門学校生たちとの出会い、自分の可能性を広げていってくれる仕事・恋愛、待ち受ける親との対立。どれも王道なのですが、個性的な登場人物たちの魅力と、王道を凡庸に成り下げないように配置されたささやかなギミックが王の道に華を添えています。

2. あらすじ

舞台は現代東京の某所。進学校である清栄学園3年生の早坂紫(はやさか ゆかり)は下校中、ファッションショーのモデルにならないかと声をかけられる。紫を誘った個性的な服装の3人組は、近隣の専門学校、矢澤芸術学院(通称、ヤザガク)服飾科の3年生。彼らは学園祭で催されるファッションショーのモデルを探して街をうろつき、スカウトを行っていたのだ。

しかし、受験勉強で頭がいっぱいの紫は強い口調でこの話を断ってしまう。ところが、翌朝登校してみると紫は生徒手帳をなくしていることに気づく。思い当たる節はただ一つ。昨日、モデルに誘われたときに落としてしまったのだ。動揺を抑えられないまま下校時間を迎え、校門を出た紫を待っていたのは、高級車と長身の男、小泉譲二(こいずみ じょうじ)。彼もまたヤザガクの3年生であり、紫をモデルに誘った3人組の仲間だったのだ。

「生徒手帳はアトリエにある」。そう言われ、車に乗って連れて行かれた先は昨日に紫が連れてこられた地下の部屋。バーを改装したこの部屋こそ、ヤザガクで共にファッションショーを行う四人が服作りに励むアトリエなのだった。当初は乗り気でなかった紫も、進学校の生徒とは違い、自分の道を自分で切り拓いていこうとする譲二たちの姿に憧れを抱き始め、モデルを引き受ける方向に心が傾いてゆく。

そして、モデルを引き受けることを決めた紫は、譲二たち4人組のブランド”Paradise Kiss”へ仲間入りすることになる。誰かに決められた道を歩いていた紫が、自分の道を選んで進むことを決めた瞬間から始まる物語。「進学校の自分」との葛藤、譲二との恋、親との軋轢、モデルという職業への「憧れ」。青春がぎゅっとつまった濃密な時間が紫の人生を変えていく……。

3. 感想

登場人物たちの美麗なファッションに目を惹かれがちですが、上述したように、物語のフレームワーク自体は極めてスタンダード。進学校に通いながらも学校の勉強に意味を見いだせない早坂紫。そんな紫が芸術の道で成功しようと日々努力し邁進する同年代の専門学校生に会って変わっていく、という古典的なストーリーになっています。

キャラクター配置も基本は典型的で、クールなタイプで天才肌だが気難しい側面のある譲二がヒーロー。可愛い小動物的立ち位置の実和子(みわこ)、その実和子の彼氏でいかにもチャラくロックバンドにも所属している嵐(あらし)。紫がモデル体型で長髪黒髪の優等生タイプなので、男女半々かつ特徴も凸凹でバランスが取れています。いわゆる「キャラクター付け」のために極端に突飛な言動を登場人物にさせることもなく、「矢澤芸術学院服飾科の生徒」という程度の変わり者具合に抑えられていて物語の迫真性を増しているところも作者の技巧が光っていますね。

そんな「典型的」4人組にプラス1人、イザベラという人物も”Paradise Kiss”の一員として活躍します。本名は「山本」なのですが、男性の身体を持ちながら心は女性というキャラクターで、常に女性の服装で活動し、周囲もそれを好意的に受け止めています。最終盤、”Paradise Kiss”のメンバーが就職活動をした話になったとき、イザベラがメンズスーツで老舗の服飾メーカーの面接に行って内定を得たエピソードが語られるのですが、ここで実和子が「超かっこよかったよ♡」とイザベラに言うのが非常に好印象。”Paradise Kiss”では女装が受け入れられていても、いざ社会と対面するときにはメンズスーツを着なければならない。そんなイザベラに対しても、イザベラの女装が似合っているのと同じ感覚で、メンズスーツに「かっこいい」と言える、物事に対して先入観のない仲間がイザベラの心を熱く支えていたのが手に取るようにわかるシーンです。「イザベラ」という存在を、性別関係なく受け入れられるような心にとって、「メンズ」「レディース」の区別はニットの「ローゲージ」か「ハイゲージ」の違いくらいしかない。似合ってるか、かっこいいかが重要だ。そんな感覚はセクシャルマイノリティ問題の本質を突いてはいないのかもしれないし、社会的な解決の糸口にはちっともならないのかもしれない。それでも、一人のセクシャルマイノリティの心を支えている。社会的な、マクロな視点とは全く切り離されたものだからこそ「友情」を強く感じる場面でした。次のコマでイザベラの何ともいえない横顔が描かれているのも解釈の幅を広げていて良いですね。そんな仲間たちに囲まれた日々を懐かしく感じているだけなのか、それとも、セクシャルマイノリティとしての真の苦しみとはズレたところで「かっこいい」と言う実和子に愛おしさを感じているのか、メンズスーツで出勤しなければならないこれからの日々で苦しむであろう自分の胸中と対話しているのか、その全てであるような気がします。

本筋に戻りますと、①紫と譲二の恋愛、②紫が将来の夢をモデルと見定め、その道を歩き出す。この2点が本作品のメインストーリーになっています。

譲二との恋愛は表面上、よくある少女漫画的展開で、「俺様的イケメンがかっこよくヒロインを振り回す、ヒロインは振り回されるスリリングな日々に幸せを感じる」というパターン。ただ、紫の優等生的内省が時々垣間見えるのが面白いところで、ただ譲二に依存しているだけの自分、譲二のなって欲しい女になろうとする滑稽な自分、譲二の彼女という肩書を捨てたら何もない自分、ということに葛藤する描写が物語に深みを与えています。これまで生きてきた世界とは全く違う、新しい世界に飛び込んで興奮する刹那的楽しさを彼女は喜色満面で受け止めますが、同時に、世界が広がったことで自分がやたらに小さく見えるという現象にも蝕まれる。これらがバランス良く描かれていることで、漫画的恋愛ながらどこか人間味があって、現実でもがく私たちにより強い共感を与えてくれるようなタッチに仕上がっています。

また、モデルを目指す方の物語も王道ながら楽しめるものです。親の強硬な反対に遭って家出する描写なんか最近のあらゆる物語作品では見られなくなってきてますよね。家出先が実和子の家だったり、譲二の家だったりするのも好感が持てます。「家庭」という場所に縛られていては親に服従するしかない、そこから引き出してくれるのは(現代の血縁核家族中心社会では)それこそ友人の家だったりしかないわけです。そして、紫が出会った新しい友人たちの家庭環境や価値観は紫の家庭とはかなり違ったもので、しかも、とてもポジティブなもの。ある種、”Paradise Kiss”という新しい家庭を手に入れた紫が、新しい「子供」として自分を再構成し、再出発する話となっていて、「家庭」にあらゆる面から影響され、束縛される社会を暗くならないようにしながらも痛切に描いています。それでいて、紫がモデルとして成功してくると、親が手のひらを返したように「モデル業」に媚び始める展開もお見事。そこで親に対して「あのときは~って言っていたのに」と悪態を突かない紫の性格造形も素晴らしいものです。人間は手のひらを返しがちな生き物ですし、過去の過ちを認めたくない生き物でもあります。そこを実直に描きつつ、「大人になりつつある紫」はそんな親の態度に嫌味なことを言わない。”Paradise Kiss”でいかに紫が精神的に成長したかを感じられる場面です。

加えて、モデルとしての歩み出しが「オーディションに受かる」とかではなく「人づての紹介」というのもリアリティがあって良いですよね。紫が綺麗でモデル体型な人物、というのがこの作品の都合良すぎる箇所なのですが、それでも、オーディションで選抜されるような一握りの人物ではなく、プロにスカウトされていきなり大舞台に出るほどでもないという程度にとどめているのがギリギリのリアリティを担保しています。あくまで学園祭のモデルとして同学年の高校生にスカウトされたのであって、そこで出会った「芸術家コミュニティ」の中で、コネを使いながら小さい仕事を掴んでいく。その姿には共感できますし、押しつけがましくない、素直な感動があります。

そしてエンディングなのですが、ここは少し苦笑いしてしまいました。ジョージとのスリリングな恋愛に終止符を打ち、モデルとして活躍して、最後は医者になったもう一人のイケメンと結婚。振り回される恋愛もしてみたいし、医者の妻かつ美人モデルとして優雅な生活にも落ち着きたい。そんな欲望をどちらも満たそうとしてくるのはやや強引ながら少女漫画だなぁと感じてしまいました。ただ、どちらもしっかり満たせるよう物語内である程度の伏線を貼っているのが矢沢さんの腕前なんだとも思います。

4. 結論

全体的に飛びぬけたところはないのですが、王道をしっかりと捉えた、端正で引き締まった作品に感じました。 白黒だったりトーンだったりという制限はあるものの、美麗なファッションを魅せられるのは漫画の特徴で、特に造形の個性が生きるなぁと、珍しく物語面以外での感動があったことも印象的ですね。

最後に一番好きなシーンを紹介しておきますと、それは文化祭でグランプリを獲れなかった直後のシーン。素晴らしい作品(ドレス)だったのにグランプリを獲れず、客のせいにするなど紫がぐちぐちと文句を言っている態度を譲二が諫めます。そこで発覚するのは、譲二以外の3人、実和子、嵐、イザベラが完全にボランティアでこのドレスづくりに参加してくれていたこと。制度上、ドレスは譲二の個人出展作品になり、賞状に名前が載るのも、特待生の留学資格を得られるのも譲二だけだった。なのに、一生懸命やってくれた。後からこういった事実を打ち明けることで、それまで見せられてきた4人の友情の価値がぐっと上がって胸に迫ります。1番にばっかりこだわって、もっと大事なことを忘れていた。紫がそんな台詞を口にするのも、「成長」や「価値観の変化」というこの作品の重要な部分に迫っていて、まさに名シーンと言えるでしょう。

全5巻でさっくり読めて、ポイントを外さない。誰もが楽しめる安定した作品です。

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