あとがき・参考文献一覧含めると600ページにも及ぶ新書として一部界隈で有名になった作品で、定価も税別1300円と新書らしからぬ値段です。
しかしながら、それに値する中身も備わっておりました。
著者は慶応大学総合政策学部教授の小熊さん。
本ブログでは若き日の傑作「単一民族神話の起源」をレビュー済みです。
「単一民族神話」からはうって変わって「日本の雇用慣行」がテーマの本作。
しかし、ステレオタイプを退け、データや具体例をもとに社会の構造や傾向を解き明かしていこうとする姿勢は変わっておりません。
より現代的なテーマになり、新書という枠組みで著すにふさわしい時機を捉えた作品になっていると感じました。
目次
序章
第1章 日本社会の「三つの生き方」
第2章 日本の働き方
第3章 歴史の働き
第4章 「日本型雇用」の起源
第5章 慣行の形成
第6章 民主化と「社員の平等」
第7章 高度成長と「学歴」
第8章 「一億総中流」から「新たな二重構造」へ
終章 「社会のしくみ」と「正義」のありか
感想
「日本社会のしくみ」という極めて大きく出たタイトルですが、本書で語られるのは雇用慣行の形成と変遷が中心。
それではなぜタイトルが「日本の雇用慣行」ではなく「日本社会のしくみ」かというと、この雇用慣行こそが日本社会の様々な制度を規定してしまっているから。
つまり、いくつかの類型的雇用体系にほとんどの人間が収まることを前提にそれらの類型に応じた政策パッケージや市場サービスが供給されるようになり、政策パッケージや市場サービスがそうなっているからこそ、その類型的雇用体系から外れて政策パッケージや市場サービスの恩恵から外れないように誰もが行動する(制度の自己強化)というわけです。
それでは、「日本社会のしくみ」を規定する日本の雇用慣行と何なのでしょうか。
本書では雇用慣行から生まれる生活様式を3つに区分しています。
それは、「大企業型」「地元型」「残余型」の3つ。
「大企業型」は「年功序列賃金制」に代表される、いわゆる日本的な大企業の雇用形態。
給与は(高位で)安定的だが転勤も多く、長い通勤時間と労働時間が私生活や家族生活を蝕んでいくという欠点も持っています。
住宅ローンや待機児童問題に悩んでいるのはこの人々だというわけです。
「地元型」は農林水産業に携わる人々や自営業者にあたります。
給与は低く安定もしていませんが、慣れ親しんだ地元に持ち家を保有していて転勤もなく、祖父母や親戚、ときには地域コミュニティを巻き込んでの育児などで支出も小さくすることができます。
地域のつながりの中で物を送りあったり緊急時に助け合えたりするならば想像以上に生活コストは下がっていくものですよね。
不満としては地域の過疎化で必要最低限の公共施設や商業施設さえなくなりそうなこと。
もちろん、そういった閉鎖的コミュニティの窮屈さが若者の流出を生んだのだという議論もありましょう。
実際、「地元型」は近年において減少の一途を辿っております。
この二つの類型はまさに戦後~20世紀末までにおいて社会の人々に最も意識された類型なのではないでしょうか。
昔の学園を舞台にしたドラマを見ますと、児童・生徒の家庭というのは父親が大企業務めで母親が専業主婦のパターンか、もしくは両親(+祖父母)が家業を営んでいるというパターンのどちらかだったと思います。
そして、こうやって「学園もの」を強調しなければ両者を並び立たせることができないのもポイントだと私は考えておりまして、つまり、制度的強制によって敢えて混合しようとしなければ両者の人生が混じり合うことはないんですよね。
それでは、この二つの類型に入っていない残りの類型とは何なのでしょうか。
それは名前もその通りの「残余型」です。
いわゆる非正規労働者や中小企業で低賃金・長時間労働をしている人々のことを指します。
「大企業型」のように職や金にモノを言わせてサービスを享受する(低金利住宅ローン・幼稚園/保育所)こともなく、地域コミュニティとのつながりや持ち家といったストックから利益を享受することもできない人々は(何かを夢見て自ら積極的に身を投げた人もいなくはないでしょうが)不本意に恵まれていない人々と言っていいでしょう。
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