教養書 「拝啓、本が売ません」 額賀澪 星2つ

拝啓、本が売れません
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1. 拝啓、本が売れません

タイトルからは内容が判りづらい本なのですが、出版不況に直面しなかなか部数の伸びない作家が編集者と一緒に「本を売る」ことが得意な人々にインタビューをして回るというもの。そのインタビュー記録とそこから著者が得た気づきが載っている、いわばインタビュー集&著者エッセイのような本です。

そんな本を書く著者のプロフィールなのですが、こんな人が「本が売れない」ことに悩むなんてという経歴を持つ作家さんです。私立の中高一貫校から日芸(日本大学芸術学部)の文芸学科に進学。卒業後の就職先は広告代理店で、在職中に若くして松本清張賞と小学館文庫小説賞という二つの新人賞を別々の作品で受賞してデビュー。翌年発売した「タスキメシ」は高校の課題図書に選ばれるという、まさに文芸の王道を進んできた人物。高校在学中にも全国高等学校文芸コンクール小説部門で優秀賞を受賞しているなど、まさに「野良育ちとは違う」感のある小説家だといえるでしょう。

しかし、こんな黄金ルートを歩んできた作家でも「拝啓、本が売れません」を書かなければならないほどの窮地にあることは本書の序盤で明らかになります。青春小説を主著とする作家だけあって軽妙な文体は読みやすいですが、そんな軽妙な文体で事足りるような内容しか書いていないのもまた事実。出版ビジネス全体に対する鋭い分析やマーケティングについての深い洞察を論じようという本ではなく、あくまでエッセイベースの気軽に読む本です。さらっと読めて特段ここが悪いということもない本でしたが、それは中身がそれだけ軽いゆえの話。一応、評価は「普通」の星2つですが、それで1300円は高いなぁと思った次第です(本ブログの評価では値段(=コスパ)を考慮しません)。

(日本語)単行本(ソフトカバー) – 2018/3/20

2. 目次

序章 ゆとり世代の新人作家として
第1章 平成生まれのゆとり作家と、編集者の関係
第2章 とある敏腕編集者と、電車の行き先表示
第3章 スーパー書店員と、勝ち目のある喧嘩
第4章 Webコンサルタントと、ファンの育て方
第5章 映像プロデューサーと、野望へのボーダーライン
第6章 「恋するブックカバーの作り手」と、楽しい仕事
終章 平成生まれのゆとり作家の行き着く先

3. 感想

冒頭でも述べた通り、本書は「本を売ることが上手い人」たちへのインタビュー部分がその大部分を占めるのですが、それでもなお、通読する中で衝撃を覚えるのはこの額賀澪さんという著者が小説家としてどれくらいの待遇にあるかという点ではないでしょうか。

東京で家賃6万円の家を2人でルームシェア(つまり自己負担は3万円)するという生活は並みの会社員の生活水準を下回っているでしょう。また、本を出しても初版は1万部(これでも昨今の文芸業界では多い方だそうです)、近著では8千部に減らされたとの告白もあり、まさに「拝啓、本が売れません」と書きたくなるような背水状態。1万部で出した小説たちも課題図書に選ばれた作品以外は重版がかからず、1万部を売り切ることすらできていないのです。

冒頭でも述べた通り、額賀澪さんは新人賞W受賞という稀有な経歴でデビューした方であり、高校生の頃から文芸の腕を磨き上げてきた人です。三冊目、四冊目もコンスタントに出版できている。そんな立場の作家ですらこの生活水準では作家全体の収入水準は推して知るべきでしょう。もちろん、多くの作家が兼業であり、額賀さんは専業であるという違いは大きいですが、もはや専業作家というのはほとんど成り立たない状況であることは明白です。

そうなると、確かに「本を売ることが上手い人」たちに話を聞きに行きたくなるのも納得というところ。インタビューの受け手側も、敏腕編集者や「仕掛け」の上手い書店店長、webコンサルタントに映像プロデューサー、ブックカバーデザイナーと頷ける人選で、それぞれの立場の人がそれぞれの立場で行っている工夫を滔々と話してくれます(なんとなくwebの無料記事を集めればこれくらいの情報にはなりそう感もありますが)。

ただ、もちろん本書に出演している方々が文芸界のトップランナーであり、それぞれの分野でしっかりと本の売り上げに貢献している実績があるのは分かるのですが、なんというかそれぞれが芸術家として話しているという面が拭えないんですよね。小説という分野にだけ注目して、小説というものを内容面/外装面/マーケティング面からどうブラッシュアップしていくか、極限品質にするにはどうするべきなのかを語っている。ただそれだけなのです。

当然、ある小説を小説として極限品質にすれば小説というマーケットでは激戦を勝ち抜けるかもしれません。額賀澪さんという作家個人に対しては良いアドバイスなのでしょう。

しかし、「拝啓、本が売れません」というタイトルに惹かれて本書を買った人々の求めていたものはそれではなく、なぜ紙や電子媒体に文字が羅列されているこの「本」という存在が現代社会で売れていないのかということ、産業としての出版業界/文芸業界の敗因と勝ち筋は何なのかということのはずです。書籍全体の売上が1990年代の全盛期から一貫して減り続けている(2019年は何十年ぶりかの前年対比増だったらしいですが、本書の刊行は2018年なのでまさに地獄の底で出版されたはずです)という現実に対して、個々の努力ではなく産業全体でどう抵抗していくかという点に一切言及がなかったのは残念でした。

一般論的には敗因が2つあって、動画投稿サイトやスマートフォンゲームといった競合コンテンツの興隆、そしてセカンダリーマーケット(古くは新古書店、現在はフリマアプリ)の充実といったところでしょう。

前者については具体的な対案があるわけでもないですが、ブックフェアを乱発したり装丁に妙なこだわりを出していくのは何か違う気がします。妙な機能を色々つけた挙句負けていった日本の家電メーカーやしょぼい観光を旗印にした町おこしのような悪あがきと同じであって、決して興隆してきた新コンテンツに対抗できるような着眼点ではないのだと思います。結局、家電は値段が安くて機能がそこそこかつシンプルデザインな中韓台勢に席巻されましたし、いまやそういったアジア系メーカーがフルラインナップを揃えているうえ高級機の機能やデザインでも独自の優位性を発揮していますよね。観光だって東京・京都・大阪と北海道のスキーリゾートという、そもそもの魅力が高い地域こそ外国人観光客誘致で(コロナ以前は)儲けていましたし。コロナ以後も観光資源のない地域の逆転は無理でしょう。神は細部に宿るのかもしれませんが、中心部なしに細部は存在し得ないのです。

そして、後者については再販売価格維持の見直しが必要というのが正直なところでしょう。同じ商品が値引き価格で売っていたらそちらに飛びつく消費者が多いという摂理を覆すことは困難です。ただ、電子書籍市場の拡大は光明かもしれませんね。電子書籍には作者や出版社の懐にお金が入らないような(合法の)セカンダリーマーケットは存在しませんから。市場に放った紙の本がフリマアプリで出品され将来的な競争相手になってしまうのとは構図がまるで違います。

4. 結論

あまりタイトルを過信せず、額賀澪さんの軽い日常系エッセイという気持ちで手に取るのが妥当でしょう。私が「感想」の後半部で述べたような内容は本書に記載されておりません。

(日本語)単行本(ソフトカバー) – 2018/3/20

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