タイトルからは内容が判りづらい本なのですが、発行部数の伸びない作家が編集者と一緒に「本を売る」ことを得意とする人々にインタビューをして回るというもの。
そのインタビュー記録とそこから著者が得た気づきが載っている、いわばインタビュー集&著者エッセイのような本です。
そんな本を書く著者のプロフィールなのですが、こんな人が「本が売れない」ことに悩むなんてという経歴を持つ作家さんです。
私立の中高一貫校から日芸(日本大学芸術学部)の文芸学科に進学。
卒業後の就職先は広告代理店で、在職中に若くして松本清張賞と小学館文庫小説賞という二つの新人賞を別々の作品で受賞してデビュー。
翌年発売した「タスキメシ」は高校の課題図書に選ばれるという、まさに文芸の王道を進んできた人物。
高校在学中にも全国高等学校文芸コンクール小説部門で優秀賞を受賞しているなど、まさに「野良育ちとは違う」感のある小説家だといえるでしょう。
しかし、こんな黄金ルートを歩んできた作家でも「拝啓、本が売れません」を書かなければならないほどの窮地にあることが本書の序盤で明らかになります。
それでは、どうやったら「本」が売れるのか調べましょう、という流れで本論に移っていくという形になります。
総合的な評価としては、良く言えば読みやすい本、悪く言えば中身が薄く肝心なことが書いていない本、という印象。
青春小説を主著とする作家だけあって軽妙な文体は読みやすいのですが、取り上げているテーマは本来深刻であるはずなのに、軽妙な文体で事足りてしまうような浅い分析しか書かれていていない点に問題があります。
つまり、出版ビジネス全体に対する鋭い分析や、マーケティングについての深い洞察を論じようという本ではなく、あくまでエッセイベースの気軽に読む本ということです。
一応、評価は2点(平均的な本)ですが、その程度の内容で1300円は高いなぁとも思った次第です。
目次
序章 ゆとり世代の新人作家として
第1章 平成生まれのゆとり作家と、編集者の関係
第2章 とある敏腕編集者と、電車の行き先表示
第3章 スーパー書店員と、勝ち目のある喧嘩
第4章 Webコンサルタントと、ファンの育て方
第5章 映像プロデューサーと、野望へのボーダーライン
第6章 「恋するブックカバーの作り手」と、楽しい仕事
終章 平成生まれのゆとり作家の行き着く先
感想
著者である額賀澪さんが小説家としてどの程度の待遇を受けているかを赤裸々に暴露するところから本書は始まります。
東京で家賃6万円の家を2人でルームシェア(つまり自己負担は3万円)するという生活は並みの会社員の生活水準を下回っているでしょう。
また、本を出しても初版は1万部(これでも昨今の文芸業界では多い方だそうです)、近著では8千部に減らされたとの告白もあり、まさに「拝啓、本が売れません」と書きたくなるような背水状態。
1万部でスタートした小説たちも課題図書に選ばれた作品以外は重版がかからず、1万部を売り切ることすらできていないのです。
冒頭でも述べた通り、額賀澪さんは新人賞W受賞という稀有な経歴でデビューした方であり、高校生の頃から文芸の腕を磨き上げてきた人です。
三冊目、四冊目もコンスタントに出版できている。
そんな立場の作家ですらこの生活水準では、作家全体の収入水準は推して知るべきでしょう。
もはや専業作家というのはほとんど成り立たない状況であることは明白です。
(なお、額賀さんは専業作家です)
そうなると、確かに「本を売ることが上手い人」たちに話を聞きに行きたくなるのも納得というところ。
インタビューの受け手側も、敏腕編集者や「仕掛け」の上手い書店店長、webコンサルタントに映像プロデューサー、ブックカバーデザイナーという人選で、それぞれの立場の人がそれぞれの立場で行っている工夫を滔々と話してくれます。
(webの無料記事を集めればこれくらいの情報にはなりそう感もありますが)。
ただ、もちろん本書に出演している方々が文芸界のトップランナーであり、それぞれの分野でしっかりと本の売り上げに貢献している実績があるのは分かるのですが、なんというか、それぞれが芸術家として話しているという面が拭えないんですよね。
小説という狭い分野にだけ注目して、小説というものを内容面/外装面/マーケティング面からどうブラッシュアップしていくか、極限品質にするにはどうするべきなのかを語っている。ただそれだけなのです。
当然、ある小説を小説として極限品質にすれば、小説市場内では激戦を勝ち抜けるかもしれません。
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