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【ハチミツとクローバー】甘くて切ない「夢」と「片想い」の青春恋愛漫画 評価:4点【羽海野チカ】

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ハチミツとクローバー
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特に興奮させられるのは、自転車に乗って下宿を飛び出し、宗谷岬まで「自分探しの旅」に出かける一連の流れでしょう。

卒業制作で納得できる作品を創作することができず、一度は完成した高い塔を自らの手で壊してしまうほど悩んでいた竹本。

彼の心の中に燻っていた思いとは、彼には目指したいもの、表現したいことがないということです。

本作において、竹本以外の人物は予め何か「やりたいこと」を持っている人物として描かれ、それらの人物と対比される形で竹本は「自分がない」人間であることに悩みます。

旅に出て、寺社の改修を行っている大工集団と出会い、手先を動かして大切なモノを修繕していくことの喜びを感じて自分が目指すべき方向を見出します。

加えて、野宿や日雇い労働の経験を通じて、竹本はいままでになかった逞しさも獲得します。

そんな竹本が浜美に帰ってきた直後、寝ているはぐみの手を握るシーンは実に印象的。

はぐみのことが「好き」だと自覚しながら、あまり積極的なアプローチがなかった竹本ですが、ここにきてはぐみへの具体的な接近が図られるという筋書きには本作の持つ繊細さが表れています。

可愛くて才気に溢れるはぐみという女性に値するような自分。

「自分探しの旅」で逞しさを身に着けて、そんな自分になれたと実感できたからこそ、竹本はようやく、はぐみにアプローチする自信を得たのではないでしょうか。  

曖昧で漠然とした「好き」という気持ちを抱きながら、その人に話しかけることさえできなかったという経験を持つ方もいらっしゃるかとは思いますが、その現象が起こる要因は、相手と自分が違う世界の人間なんだと考えてしまうことにあるのだと思います。

その証拠に、より成長した段階になって「なぜ話しかけもしなかったのだろう」と自分自身の行動に対して疑問を抱くという方も少なくないでしょう。

様々な経験を経る中で、自分に自信を付けて、憧れのあの人と同じ土俵に立てたと実感する過程。

その過程が丁寧に描かれ、まさに「少年が青年になる」様子がそれとはなしに、それでいて生々しく表現されているのが竹本パートなのだと思います。

だからこそ、竹本の恋が結局のところ実らないのも納得ではあります。

物語の終盤になって、出会って3年以上立ってからようやく土俵に登ってきた人物のことを、竹本以外にも恋人候補がいるはぐみが選ぶはずもないのです。

最終盤では失恋の痛みに傷心の竹本ですが、彼を成長させてくれた一方通行の恋が「甘苦い」想い出として自分の中には残り続けるんだ、とラストシーンを締める漢気は非常にポジティブでほろっときますよね。

実らなかった恋愛を肯定的に捉えて、新しい世界(寺社修繕大工)へと飛び出していく勇気を得た竹本の心理的成長こそ竹本パートの真髄でしょう。

このように、主人公格の物語が、どちらかというと少年or青年漫画ぽいところが本作の面白いところです。

5. 森田忍

花本はぐみに一目惚れする男子その2ですが、その行動や性格は竹本と対照的に描かれています。

極めて高い彫刻技術を持ちながらも、長期間に渡って行方不明になることを繰り返しては謎のアルバイトでとんでもない金額を稼いでくる人物。

行動も破天荒で、はぐみへのアプローチも一風変わっており、普通の女の子であればドン引きするような接し方しかしません。

しかしながら、境地に達している芸術家としての感覚をはぐみと共有できる数少ない人物であり、はぐみが悩んでいるときなどに最も気の利いた声をかけられる人物でもある。

そういった理由から、最終盤においては森田忍こそはぐみと両想いであると周囲からは認識されています。

そんな森田が作中で果たす役割は主にコメディリリーフで、物理法則を無視したあり得ないギャグ的な行動でシリアスベースな物語に(シリアスさを引き立たせるための)弛緩をつくりだします。

しかし、序盤から中盤にかけては終始コメディリリーフとして扱われる彼にも、終盤では「物語」が与えられるのです。

森田の父はかつて工房を経営していて、小規模ながら確かな技術を持っており、何より自由闊達な雰囲気が特長の会社だった。

ところがある日、部下の謀略に引っかかり、工房は巨大資本に身売りされてしまいます。

森田の父は会社から追放され、工房には巨大企業の一部門としてとにかく「稼ぐ」ための施策が要求されるようになるのです。

森田忍とその兄である森田馨(もりたかおる)は巨大企業へ復讐し、買収によって工房を取り戻すため、金儲けに奔走しており、森田忍が長期間行方不明になるのはビジネスに力を注いでいるからだったという事実が終盤で明らかになるわけです。

さすがに巨大企業の買収を図れるほどの資金を集めるのはなかなか非現実的な側面ではありますが、学生起業家として成功する人々というのは学生時代から遊び呆けているだけの級友たちとは一線を画す行動をしているもので、その行動力は尋常を遥かに超えています。

彼らの出版する書籍や、SNS及びYouTubeでの発言の主たる部分は「とにかく行動せよ」ですよね。

そんな人物なのだという視点で森田の行動を見直すと、いかにも漫画的な変人ぶりにも多少の説得力があって、連載初期からこの裏設定と再買収に成功して工房を取り戻す最終盤の展開を考えていたとすれば、羽海野チカさんの手腕には唸らざるを得ません。

作品全体に対しては道化の役割を果たし、対はぐみという意味ではぎごちないアプローチでヒロインであるはぐみの「モテ」を演出しつつ、随所で鋭い発言をして芸術家としてのはぐみを高みに押し上げる存在。

そんな名脇役でありながら、最後には専用エピソードで少なくない感動を誘う。

羽海野チカさんの登場人物使いこなし能力を象徴する人物です。

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