良一にとって、この「田園」はこれまで、単調でつまらない曲でしかありませんでした。
しかし、直美の死が迫る中で演奏すると、その抑制的なリズムを、ぴったり正確に弾くことで、感情任せに弾いたときよりも遥かに感動的な曲となって立ち現れることに良一は気づくのです。
音楽科にきっと合格できるであろう、完璧なリズムで、それなのに情緒豊かな感動を発生させた良一の演奏。
徹也や直美との交流を通じて命や人生についての感性が磨かれ、良一のこころが歪んだ幼年期を脱してまっすぐな方向に向いた証明になった演奏。
良一の成長をこうした形式で表現するのは、感情任せにピアノを弾いてしまううえ、それこそが自分のアイデンティティだと思っていた身勝手な良一、という初期の良一との対照といった意味で見事ですし、物語全体を上手く収めるのにもうってつけのやり方です。
その演奏を聞いた母親が涙する、という展開も、思春期にありがちな家族との軋轢を物語の初期に撒いておいて、こうやって回収するのか、と感心したくらいです。
さて、ここまで褒めつくした本作ですが、やや気にかかった点もあります。
それは、登場人物がややステレオタイプ過ぎるということ。
四番エースでイケメンの同級生、ツンデレ的な強気と病弱な儚さを人格の中に共存させる美少女ヒロイン、主人公とは違って何でもできてしまう主人公の弟、ほかにも、典型的な落ちこぼれヤンキーである船橋という同級生も登場します。
こういった人物たちの、アニメでも見ているのか、あるいはライトノベルでも読んでいるのかと思わせられるようなステレオタイプ的な言動はやや凡庸というか、いかにもフィクションな作り物感のある人物造形で、リアル寄りの小説を嗜好する人間としては好みではない側面です。
さらには、熾烈な受験戦争であったりというような、結果的には一時的なものだった社会現象に物語全体が醸す深刻さが依拠しすぎているという側面もあります。
現代の中学生が(旧い作品を読んでいるというリテラシーなしに)読んでもなかなか共感しづらいのではないでしょうか。
その意味では、永遠の古典になりきれない、やや古びてしまった作品ともいえます。
そんなわけで、評価は「平均以上・佳作」の3点とします。
「名作・名著」の4点でも良いかなと思ったのですが、上述したような欠点がない、もしくは、物語展開にもうひとひねり(驚きの伏線回収やどんでん返しなど)ある、というくらいがないと4点はつけられませんね。
ぎりぎり名作に届かなかった佳作という評価です。
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