【現代純文学】おすすめ現代純文学小説ランキングベスト5【オールタイムベスト】
「帰ってきたヒトラー」ダーヴィト・ヴネント 評価:2点|現代ドイツ人の心を鷲掴みにする独裁者【政治風刺映画】
2015年に公開されたドイツ映画。世界的ベストセラーとなった同名小説が原作で、タイトルの通り、アドルフ・ヒトラーが2014年のドイツにタイムスリップするというお話です。2014年のドイツといえば、移民排斥運動が勃興し、国家民主党やドイツのための選択肢といった極右政党の勢力が伸長していた時期でもあり、そういった機運への警鐘として製作された映画でもあります。とはいえ、ヒトラーへの画一的な批判一辺倒ではないのが面白いところ。ヒトラーが巧みな弁舌で聴衆からの支持を調達する様子、そして、警戒感の薄さからヒトラーを易々と受け入れてしまう大衆の様子がリアルに描かれ、そのポジティブな言葉遣いから良心的な存在だとさえ見なされるようになる過程が印象深く描かれています。ただ、そうした手法でドイツの政治的現状を描くことには成功している一方、物語としての面白さにはやや欠ける面があると思いました。準ドキュメンタリー的な学習映画としては優秀だと感じられたのですが、演出や伏線の張り方、どんでん返しの技術等に特筆すべき点がなく、観客の興奮を搔き立てるには至らなかった映画なのだと思います。あらすじ1945年、第二次世界大...
「月刊少女野崎くん」椿いづみ 評価:3点|王道の笑いで攻める、少女漫画制作にかける青春学園コメディ【青年漫画】
ガンガンオンラインにて2011年から連載されているウェブ漫画。今年で連載10周年を迎えた長期連載のコメディ漫画です。少女漫画のパロディで笑いを取るという独自性を有している作品であり、だからこそ、少女漫画ではあまり見られない「ヒロインが意中の男性の気を引くために頑張る(が空回りする)」という構図が特徴となっております。サブキャラクターたちも個性豊かな面子が揃っており、テンポの良い4コマの中でオタク的な寒いノリに頼らない王道の笑いを提供してくれる点に本作の良さがあります。漫画文化に浸ってきた人ならば必ず笑える作品。忙しない日常の息抜きにお薦めです。あらすじ舞台は私立浪漫学園高校。佐倉千代(さくら ちよ)は意中の人である野崎梅太郎(のざき うめたろう)に告白しようとするも、緊張のあまり「ずっとファンでした」と叫んでしまう。そんな佐倉に、野崎はなぜかサイン入りの色紙を手渡してくれる。サインとして記されていた名前は「ゆめの咲子」。野崎の正体は人気少女漫画家である夢野咲子だったのである。紆余曲折あって野崎の漫画制作を手伝うことになった佐倉だが、武骨で恋愛経験皆無、デリカシーなど欠片もない野崎の少女...
「塩狩峠」三浦綾子 評価:3点|清く正しいキリスト教文学【純文学】
キリスト教文学の名手として時代の寵児となった三浦綾子さんの作品。彼女の作品としては「氷点」と並ぶ代表作として知られています。全体的にやや説教くさい部分があり、善人のキリスト教徒ばかりが出てくるという点は鼻持ちならないですが、キリスト教の教義を基盤とした印象的なフレーズも多く、心に残る純文学作品ではありました。あらすじ明治42年、名寄駅から札幌駅へと向かう汽車でトラブルが起こる。険しく急峻な塩狩峠に差し掛かった際、汽車の連結部が外れ、車両は急坂を猛烈な勢いで後退し始めたのだ。このままでは乗客全員の命が危ない。そんなとき、客車を飛び出してデッキに向かった男がいた。彼の名前は永野信夫(ながの のぶお)。デッキに備え付けのハンドブレーキを回す信夫だが、汽車の勢いは緩まったものの止まることはない。ここまで速度が落ちたのならば、あとは何らかの障害物があれば止まってくれるだろう。そう考えた信夫はデッキからレールへとその身を投げたのだった。あまりに高潔な死を遂げた永野信夫。この青年の立派な人格はいかにして陶冶されたのだろうか。いたいけなほど純粋な信仰の物語は、彼が幼少の頃から始まる......。感想キ...
「健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて」熊代亨 評価:4点|無菌ゆえに息苦しい社会に適応することの困難【社会学】
精神科医ブロガーである熊代亨氏による現代社会評論。非常に個性的で長いタイトルは、令和時代を覆う雰囲気への違和感を言語化するという本書の試みを見事に表現していると言えるだろう。令和時代の、清潔で健康で道徳的な秩序にすっかり慣れた私たちから見て、高度経済成長期の日本社会はおよそ我慢できるものではなかったはずである。本書の「はじめに」に記載されている文章であるが、高度経済成長期まで遡らずとも、最近の社会が妙に潔癖であると感じている人は少なくないと思う。街は異様なほど綺麗になり、痰を吐いたり立小便をしたりする人はいない。浮浪者のような恰好をした人物を見かけることもいよいよ稀になってきた。人々はどこまでも整然と歩き、公的な空間では異様なくらい静かであることに努めていて、喧嘩や体罰、ハラスメントのようなカジュアルな暴力は滅びつつある。どんな店に入っても店員の態度は概ね良好で、横柄な接客という概念も姿を消し始めた。かつてに比べ、あらゆるコミュニケーションが丁寧になっている。良い世の中になりつつある傾向じゃないか。そう思う人もいるだろう。というか、そう思わない人の存在を想像できない人だって少なくないだ...
【社会評論】国民同士の利害が激しく対立する、テレビ局にとって非常にやりづらい時代が到来している【メディア論】
テレビを点けると連日のように「コロナ!コロナ!」の報道をしていて、コロナ自体は重要な事柄だから仕方がない、と思いながらもついげんなりしてしまいます。NHK-BSで海外のニュース番組を観ていてもそんな感じなので、日本に限らず、いまは世界中の報道がコロナに染まっているのでしょう。やや偏見も入った見方かもしれませんが、テレビ関係者は社交的で外交的な人々が多いので、私生活でもコロナの影響を露骨に受けており、その弊害を大きく感じているのかもしれません。さて、そんなテレビのコロナに対する報道姿勢ですが、SNS等を見ているとダブルスタンダードだという批判が散見されます。つまり、緊急事態宣言や学校を休校にする等の規制を行えば「飲食店が可哀想」「子供たちが可哀想」と批判し、逆にそういった措置を行わなければ「コロナの蔓延が拡大する中で政府の無策が目に付く」と批判するというものです。スタンスが一貫しておらず、何をやってもやらなくてもデメリットにばかりに焦点を当てて悪口を言うような報道は全く生産的でないし、こんな報道をしたって日本全体のためにならない、というわけです。言いたいことは分かるのですが、いまさらそん...
御伽原江良の引退に捧ぐ
2021年3月をもってVtuber事務所「にじさんじ」からの卒業を発表したバーチャルユーチューバー「御伽原江良」。YouTubeチャンネルの登録者数は50万人を突破し、一時は「にじさんじ」内でも2位につけるなど、看板ライバーの一人でした。2020年4月にはNBCユニバーサル・エンターテイメントからメジャーデビューを果たし、まさに成功者への道を歩んでいた途上における突然の引退。Vtuberファン界隈が騒然としたのも不思議ではありません。「あーゴミカスゥ、〇ね」のような小気味の良い暴言。「我にじさんじぞ」のような独特の罵り文句。3Dお披露目配信における「ギバラギバラ高収入」という掛け声。同じく3Dお披露目配信における昆虫食のような捨て身の企画とそれに対するリアクション。ゲーム実況の技量や歌唱力というより、その純粋なエンターテイメント性で人気を博していた点が私好みなVtuberだったこともあり、個人的にも喪失感はひとしおです。4月にはチャンネル及び全アーカイブの削除が行われ、インターネットの伝説となった御伽原江良。しかし、この引退事件に私が驚嘆した理由は、単に私が「御伽原江良」というキャラク...
【社会評論】消費社会から創造社会になり「何者か」になるのがますます難しくなった現代社会の悪辣さについて
1981年のベストセラーといえば田中康夫の「なんとなく、クリスタル」でしょう。そこで描かれたのは、ブランド品を身に着け、お洒落な飲食店で食事をするなどの消費行動を通じて自己顕示欲を発散する若者たちの姿。その様子を赤裸々に描き出したことで文藝賞を受賞し、ミリオンセラー作品となりました。堕落した消費ばかりに感けて保守的な倫理観を失い、創造性・生産性に欠ける行動ばかりをしている。そんな若者たちの在り方には批判も多く寄せられたようですが、当時の若者たちのほうが「何者かになる」という意味では現代の若者よりも幸福を享受できていたのだと個人的には思います。誰もが名前を知っているブランド品を身に纏い、雑誌を読み込んで流行を追いかけてさえいれば、自分のアイデンティティが保たれ、周囲からも承認される。自尊心や承認欲求を比較的保ちやすい社会だったのだな。それが1981年の若者社会に対する私の率直な感想です。時代の流行というものは移り変わるものであり、現代の若者には脱物質主義的な価値観が横行していて、モノ消費よりコト消費、という言葉も散見されます。けれども、コト消費などというのはマーケティングのためのまやかし...
「ドラゴン桜2」三田紀房 評価:3点|丸くなって復活した現代風教育漫画【青年漫画】
2007年に完結した「ドラゴン桜」の続編。人気ドラマとなった前作に続き、本作もドラマ化されております。低偏差値の高校生を画期的な方法で東大合格に導いていくカタルシスが絶妙だった前作とは違い、本作で東大を受験する生徒たちは偏差値50前後のいわば中偏差値な高校生たち。しかも、東大合格に導く手法もアプリの活用であるなど「現代風」に媚びてしまっているのがやや破壊力不足に感じました。普通の高校生が一年間頑張れば東大に合格することができる、をコンセプトにしているようですが、設定が丸くなったぶん展開も丸くなり、常識破りの方法で驚かせると言うよりも、現代の常識を伝える漫画になってしまっています。それゆえ、やや漫画としての面白さには欠けると思ってしまった次第です。ただ、現代における教育についての啓蒙漫画としてはそれなりによく出来ており、特に家庭教育についての助言や「勉強」の先にあるもの、現代社会を生きるうえで必要な「勉強」以外のスキルについての言及は示唆的であると思います。(14巻までを読んだ感想です)あらすじ桜木,さくらぎ健二けんじの活躍により落ちこぼれ高校から進学校へと生まれ変わった龍山高校。しかし...
「ナラタージュ」島本理生 評価:2点|美しい文章と陳腐な少女漫画風の物語【恋愛純文学】
恋愛小説家として著名な島本理生さん。高校在学中に「シルエット」で群像文学新人賞優秀賞を獲得して純文学文壇にデビューした若き俊英であった一方、2018年には「ファーストラヴ」で直木賞を獲得するなど、エンタメ小説家としての顔も持ちながら長きに渡って一線で活躍している作家です。そんな島本さんの作品の中でも、おそらく一番有名なのが本作でしょう。「この恋愛小説がすごい! 2006年版」で第1位、「本の雑誌が選ぶ上半期ベスト10」で第1位、本屋大賞で第6位を獲得した作品で、著名な文学賞を獲得したわけではないものの、島本さんの代表作として挙げられることが多い作品です。それゆえ、期待を持って読んでみたのですが、期待はずれだったというのが正直な感想。文章表現の美しさはさすがと言わざるを得ない一方、陳腐な少女漫画風の物語は面白みもなく鼻につきます。あらすじ主人公は女子大学生の工藤泉(くどう いずみ)。ある日、高校時代の恩師である葉山貴司(はやま たかし)から、演劇部の人数が足りないので助っ人として公演に出てくれないかと誘われる。泉は葉山の申し出を承諾し、高校時代の同級生である黒川博文(くろかわ ひろふみ...
「教養としての大学受験国語」石原千秋 評価:3点|論説文から読み解く近現代社会【国文学教養書】
2000年に筑摩書房から発売された新書で、著者は早稲田大学教授の石原千秋氏。「この本は、大学受験国語の参考書の形をとった教養書である」本書冒頭の言葉であり、本書の性質をよく表現した文章となっている。テーマごとに2つずつの論説文の過去問が紹介され、著者が解説しながら解いていくという形式で本書は進行していくという構成。精選された論説文と、その解説の中で表現される「近現代社会というものを国文学者たちはどのように考えているのか」という思考枠組みが本書の核心となっている点が面白いところ。つまり、近現代社会を分析する視点がなければ大学受験国語を解くことはできないため、大学受験国語の参考書は必然的に近現代社会分析の解説になる、というわけである。本記事では本書の教養書としての側面を重視し、紹介されている論説文の中から印象に残ったものを取り上げて感想を述べていく。目次序章 たった一つの方法第一章 世界を覆うシステムー近代第二章 あれかこれかー二元論第三章 視線の戯れー自己第四章 鑑だけが知っているー身体第五章 彼らには自分の顔が見えないー大衆第六章 その価値は誰が決めるのかー情報第七章 引き裂かれた言葉...
「シン・エヴァンゲリオン劇場版」庵野秀明 評価:2点|伝説のコンテンツにピリオドを打つ苦肉の大団円【アニメ映画】
『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』4部作の最終作であり、1995年のTVアニメシリーズから続くエヴァンゲリオンシリーズの完結作でもあります。前作である「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」の感想はこちらから。そして本題である本作の感想ですが、どうにかこうにか「エヴァ」を終幕させた作品といったところ。不満点を挙げればきりがありませんが、様々な要素が散逸して収集がつかなくなっている「新世紀エヴァンゲリオン」という作品の歴史にそれなりのエンディングを用意してなんとかピリオドを打った努力だけは激賞されるべきでしょう。ここがおかしい、あれが変だ、と指摘するのは簡単なことですが、いまから「新世紀エヴァンゲリオン」を完結させにいくとして、本作よりもまともな形で終わらせることは誰が指揮をとろうが困難なのだろうと思います。あの「エヴァ」が完結したということ、そのために相応の努力が払われたのだということを確認するための、まさに古参ファンのための作品です。あらすじフォースインパクトの発生後も葛城かつらぎミサト率いる反NERV組織WILLEは各地を転戦。旧NERVユーロ支部を解放することでEVA2号機の修理パーツと8号機...
【駄作への急落】映画「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」庵野秀明 評価:1点【アニメ映画】
「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」の感想はこちらあらすじエヴァ初号機と第10使徒との交戦により発生したニア・サードインパクトから14年が経過。葛城ミサトは反NERV組織WILLEを率い、NERVによる人類補完計画を阻止するべく戦いを続けていた。そんな中、14年振りに目覚めた碇シンジはWILLEの旗艦Wunder内部で葛城ミサトや式波・アスカ・ラングレーと再開する。ところが、二人がシンジに向ける言葉や行動は非常に冷たく、シンジは異常を感じ取る。WILLEの艦隊がNERVによる強襲を受けると、シンジは綾波レイ搭乗のエヴァ初号機と接触。初号機に連れられてWunderを脱出し、レイとともにNERVへと向かうのだった。NERVでレイとも顔を合わせ、新しい友人である渚カオル(なぎさ かおる)とも親しくなったシンジ。ようやく元気を取り戻しかけたシンジだが、4年前に起こったニア・サードインパクトとその後の顛末を知ることになり……。感想何もかもぶち壊しにしてしまったという印象です。シンジがエヴァンゲリオンのパイロットという経験を通じて大人になっていく物語としての、ヒューマンドラマとしての魅力に溢れた物語か...
【政治雑記】北海道にとって中国は味方で東京が敵である
北海道では山林を中国資本が大規模に買収しているらしい。山林のみならず、例えば観光産業やエネルギー産業(太陽光発電)においても中国資本による土地や建物への投資が増えており、北海道における中国資本の存在感は日増しに強くなっている。当然、国粋主義的な人々にとって怒り心頭な事象に違いない。強硬な論調で「国土防衛策」を論じたくなる気持ちも分からなくはない。しかし、東京のような大都市で愛国者気取りの人々が気炎を上げている光景を、北海道民はどのように見ているのだろうか。北海道はこれまで、さんざん東京に収奪されてきた、なによりも人間を収奪されてきた。1965年から1970年にかけて、北海道は人口の5%を社会減で失っているし、1985年から1990年にかけても3%を失っている。1970年には約7万人が、1987年には4万人近くが流出したのである。(北海道人口ビジョン「」より)近年は社会減が緩やかになっているものの、それでも転出超過は続いている。2020年における北海道人口の社会減は2,331人。全人口が527万人だから、人口の0.04%が流出したことになる。2019年は3,715人の社会減、2018年は...