第6位 「ヨコハマ買い出し紀行 」芦奈野ひとし
【人類の滅亡が迫った世界で織り成される静謐で豊饒な日常譚】
・あらすじ
海面上昇に伴って現在の沿海部が水の底に沈み、文明が後退してしまった日本が舞台。
女性型ロボットである初瀬野アルファは三浦半島の「西の岬」で「カフェ・アルファ」を経営している。
といっても、一日に2,3人お客さんが来ればよいほうの暇なお店で、アルファはとても長閑に日常を暮らしていた。
近所に住む「おじさん」や、その孫である「タカヒロ」と交流したり、ヨコハマへ買い出しに出かけたり、少し長めの旅に出たりする中で、アルファは様々な人々との出会いと別れを経験する。
よもや人類には滅亡の運命しか残されていない「夕凪の時代」に生きながら、年をとらないアルファは人類が過ごす最後の時代を愉しみ、そして見つめ続ける......。
・短評
タイトルこそ「ヨコハマ買い出し紀行」ですが、主人公のアルファが明示的にヨコハマへの買い出しに行くのは初回と最終回の2話のみ。
初瀬野アルファという主人公の日常を描くという形で、滅びゆく人類の穏やかな生活の営みの中で生まれる喜びや悲しみを抑制的で情緒的な筆致で描き、時おり、滅びゆく世界で生まれる様々な謎を描写しながら世界観を深めていくというスタイルの漫画になっております。
なんといっても本作が見事なのは、滅亡やむなしの人類が過ごす黄昏の時代を描く、という難題を見事にこなしている点でしょう。
「今は昔ほど季節がはっきりしないけれど、みんな前よりも物事に感じ入ることが多くなったと思う」
第1巻において、初日の出を近所のみんなで見に行った際に語られるアルファのモノローグが本作の雰囲気をよく表現しています。
文明が崩壊したことで、却って絆や共同体が再生した世界。
穏やかな環境の中で、ゆっくりと流れる時間や豊かになった自然を人々が楽しんでいる。
セリフによる説明ではなく、コマとコマの「間」や風景の描写で物語の展開や人間関係の情緒が存分に伝わってくることにまずは感動すること間違いなしです。
特に序盤は何の変哲もない日常話が多いのですが、「よもや人類には滅亡の運命しか残されていない『夕凪の時代』」が文明世界を生きる読者側にとって非常に魅力的な非日常を構成しており、ただ読んでいるだけで自然が名物の観光地を巡っているときのような安心感と爽快感に浸ることができます。
加えて、作中で描かれる人間関係の温かさも、特に今日の日本からすれば非日常の様相がある関係性が築かれており、近未来の話であるにも関わらず、文明化によって失われたものが「戻ってきた」と思わせるような雰囲気が上手く醸し出されています。
また、海面上昇が始まる前の段階において人類は現在よりも更に進んだ工業的技術を得ていたことが示唆されており、人間と全く見分けがつかない人間型ロボットであるアルファの存在や、もう二度と着陸できない航空機が延々と上空を飛んでいるという「文明の名残」のような設定がやるせない喪失感を生み出し、時おり描写される、当たり前のように保有されている銃器について人々が持っている感覚なども「文明があった」時代の光と闇を感じませます。
人間たちのささやかな成長と、そんな成長に置いていかれてしまうロボットのアルファが感じるちょっとした寂しさ、他のロボットたちとの出会いによって喚起されるちょっとした喜び。
静謐で豊饒な空気感を纏った作品です。
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