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「斜陽」太宰治 評価:2点|終戦によって訪れた旧道徳の没落と新しい価値観の勃興が退廃的かつ情熱的に描かれる【古典純文学】

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斜陽
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そうなると、確かに、この「斜陽」が当時の中産階級以上に受け入れられ、なおかつ、辞書の「斜陽」の欄に「没落」という意味を加えさせるほど社会に影響を与えたのも納得ができます。

貴族は爵位も財産も取り上げられて名実ともに貴族ではなくなり、中産階級もまた、敗戦の中で安泰と繁栄を描いていた将来像が失われる。

例えば、いまこの瞬間から、日本の正社員にも解雇規制がなくなったとしましょう。

実際に企業がすぐに解雇を始めるかわかりません。

しかし、社会全体に茫漠とした、しかし、濃密な不安がふりかかるでしょう。いきなり目の前が灰色に霞むような感覚がするに違いありません。

敗戦とはきっと、それ以上のものだったのでしょう。

そして、そんな状況から立ち上がるのが、主人公、まさに主人公であるかず子なのです。

恋と革命こそ新時代の道徳だと、人間の使命だと確信し、上原に手紙を書き続けます。

事実、戦後日本では自由恋愛が広がり、メディアの力などもあって恋愛は美徳にまで押し上げられました。

一方、旧来の価値観を色濃く残す結婚制度は強く維持され、近年でも芸能人の不倫が反道徳的な行いとしてワイドショーを騒がせています。

嫁・姑の関係など、旧来の「家同士のつながり」という結婚の側面もずっと尾を引いておりました。

自由恋愛が本源的に道徳なのだとしたら、不倫も道徳ですし、恋愛にはなんの関係もない「家同士のつながり」をはじめとする様々な拘束を恋愛の結果として求める結婚制度は不道徳でしょう。

戦後という時期においては、どちらかというと欧州が早くも「結婚」という制度から抜け出し始めています。

フランスやスウェーデンなど、結婚しないカップルが半分に迫る勢いなのは自由恋愛の結果としては当然だといえます。

翻って日本はどうでしょう。

恋愛‐結婚‐(出産)という繋がり、自由恋愛制と旧来の家族観・道徳観を無理矢理に繋ぎ合わせたシステムは相当前から軋んでいます。

家族は崩壊し、結婚する人は減り、恋愛からも次々と人が離れていっています。

いま日本が直面している問題を考えると、この恋愛と家族と道徳の関わり合いこそが戦後の価値観の本質になるだろうと太宰が見抜いていたようにも思われて、さすが大作家であると感服してしまいます。

とはいえ、この作品はあくまで「貴族」からの凋落を描いており、登場人物たちの、現代から見ると「甘えきった」価値観は、じりじりと衰退していく現代の中産階級に訴えかけられるものではないでしょう。

文学に嵌ってしまい一般的な価値観にはついていけなくなってしまうくらいの読書中毒者や、それに類する「崩れ者」がこの作品を好むのは分かりますが、そうでない層に受け入れられるかといえばそうではないと思います。

もちろん、私自身はある程度この作品に共感するところはありますが、それでも普遍性の欠ける部分が鼻につきます。

恋愛こそ道徳だ、と自覚し、妻子持ちの男に不倫を迫るかず子の姿には違和感を覚える人もいるかもしれません。

しかし、太宰は気づいていたのでしょう。もし、恋愛が道徳や価値観の中心となり、賛美されるものになるならば、信じられないくらい多くの道徳や価値観をこれから逆転させなければならないはずだと。

そして、明示的な逆転を行うことなく、その矛盾を各家庭や個人に圧しつけたままずるずると来てしまったのが現代の現実なのかもしれません。

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結論

多くの人に勧められるか、といえばそうではありません。

確かに読みやすい文体ですが、思想的な文章も多く、途中で投げる人の方が多いでしょう。

かず子がどれくらいリアリティのある人物なのか、その時代に生きなかったので分かりませんが、この作品をいま発表すれば、男性とってあまりに都合の良い、妄想の産物であるという批判が免れない人物造形であるのも事実です。

まさに文学好きの文学好きによる文学好きのための作品。

読書家にとっては古典として安定した楽しみを与えてくれるでしょうが、一般にはつまらない作品に分類されるはず。

そして、終戦直後から現代を占っている作品としては素晴らしいものの、現代からさらに将来対して示唆を与えてはおりません。そこを考慮して評価は2点(平均的な作品)とします。

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