第3位 「細雪」谷崎潤一郎
【零落する旧家の娘たちが挑む恋愛と婚活の苦難】
・あらすじ
時代は1930年代、蒔岡家の次女幸子は芦屋に暮らしていた。
同居するのは夫であり婿養子でもある貞之助と、一人娘の悦子、そして蒔岡家の三女である雪子に、四女の妙子。
幸子の祖父の代には大阪の船場に店を構えて隆盛していた蒔岡家も、代替わりとともに凋落。
いまは店も知人に引き渡し、主に残った財産を頼みに生活している。
三女の雪子も四女の妙子も30歳を超えて未婚であるが、それは訳あって縁談がないということではなく、かつて栄えた「蒔岡」の名前を鼻にかけ、身の丈の縁談を断り続けてきたからというのがその理由。
しかし、貞之助と幸子、そして、蒔岡家の長女であり本家筋の鶴子、その夫の辰雄も徐々に自分たちの身の程が実感できるようになってきていて、これからは及第点を探る縁談になることを薄々理解し始めてきていた。
そんな中、幸子が通っている美容室の女主人、井谷が雪子へと縁談を持ってくる。
相手は瀬越という41歳の男で、縁談が纏まればこれが初婚になる。
大手化学メーカーに勤めていて、風采や性格も悪くなさそうだ。
井谷に急かされたため身辺調査が完璧ではない段階であったものの、いい縁談だと判断しかけていた幸子と貞之助。
しかし、ようやく縁談が纏まるのかと思ったその矢先......。
・短評
1940年代に著された作品なのですが、婚活や女性の自活がテーマとなっており、現代の世相に響く内容となっております。
三女の雪子は誰もが認める和美人なのですが、幸子をはじめとした周囲が相手を選り好みしすぎて行き遅れとなってしまっている。
本人の美貌も「蒔岡家」の威信も時間とともに衰えていることに幸子は気づかず、客観的に見れば妥当な水準の縁談を逃してしまっているのです。
一方、姉が結婚するまでは自分も結婚できないという当時の習慣があるため、四女の妙子は恋人がいるにもかかわらず結婚に踏み切らせてもらえません。
仕方なく趣味に没頭し、趣味が高じて収入を得られるようになったため職業婦人として身を立てようとするも、旧時代的ない女性観を持つ幸子の反対に遭い、恋多き女として身分が下の人間と恋愛すると、これにも幸子は激昂する。
女性が自活すること、身分の差を超えて結婚すること。
本書の舞台となっている時代でさえ、その方が時流を捉えていることに、幸子は気づかない。
語り手として登場するため、読者にとっては「普通」の人物代表となるはずの幸子の感覚こそが世間とずれている。
ある種の「信頼できない語り手」的な構成に驚かされつつ、上手くいかない縁談や、男関係のいざこざ、選ぼうとしている職業にケチをつける親族など、今日にも通じるような生々しくて可笑しなトラブルの数々が読者の心をワクワクドキドキハラハラさせます。
昭和の始まりという時代の変遷がもたらす日本社会の変化と、緩やかに取り残されていく旧家の生活。
その中で繰り広げられる騒動が赤裸々に描かれる作品となっており、純文学的な耽美さを持つ筆致とは裏腹に、昼ドラ的に楽しめる物語が特長です。
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