第8位 「塩狩峠」三浦綾子
【高潔な人生とは何かを題材としたキリスト教文学】
・あらすじ
明治42年、名寄駅から札幌駅へと向かう汽車でトラブルが起こる。
険しく急峻な塩狩峠に差し掛かった際、汽車の連結部が外れ、車両は急坂を猛烈な勢いで後退し始めたのだ。
このままでは乗客全員の命が危ない。
そんなとき、客車を飛び出してデッキに向かった男がいた。
彼の名前は永野信夫。
デッキに備え付けのハンドブレーキを回す信夫だが、汽車の勢いは緩まったものの止まることはない。
ここまで速度が落ちたのならば、あとは何らかの障害物があれば止まってくれるだろう。
そう考えた信夫はデッキからレールへとその身を投げたのだった。
あまりに高潔な死を遂げた永野信夫。
この青年の立派な人格はいかにして陶冶されたのだろうか。
いたいけなほど純粋な信仰の物語は、彼が幼少の頃から始まる......。
・短評
キリスト教徒に対して差別心を抱いていた、当時としては平凡な少年、永野信夫。
そんな信夫が類まれなる精神性を持った理想的キリスト教徒へと変わっていく過程を描いた物語になっています。
キリスト教徒を憎む祖母、キリスト教徒の父母と妹。
そんな家族の中で育ち、親友との切ない出会いと別れを経験したり、親戚から悪い遊びに誘われたりする中で自己や世の中を見つめなおし、次第にキリスト教の考え方や信徒としての生き方に共鳴していく。
その流れが自然に描かれており、現代にはない純粋性を持った清々しい作品として読んでいくことができます。
咥えて、時おり出現するキリスト教的な名言にも心を揺さぶられます。
ふじ子(信夫の親友の妹)は足が不自由だが、それゆえに他人よりも人生について深く考える機会を得ている。
身体が不自由な人間がいることで、それを見て蔑む冷酷な人間と、そういった人を擁護し幸福にしようと努めることで人格にますますに磨きがかかる人間に世の中は分かれる。
それこそが神様のお与えになった試練である。
女を知らない男は、会った女それぞれがどれも神秘的で得難いものに思えて、ちょっと知り合っただけで手放すのが惜しくなる。
純文学のベストセラー作家だけあって、世の中の深い見方を易しい言葉で教えてくれます。
キリスト教が題材であると書けばやや硬い感じがもいたしますが、勇気や優しさの重要性に少年/青年が目覚めていく王道の青春成長物語として読んでいくことができる作品です。
滑らかで読みやすい文章も清廉な作風に合っていて好印象。
往年の名作として今日でも評価が高いことに納得できる純文学となっております。
コメント