本ブログで紹介したエンタメ小説の中からベスト10を選んで掲載しています。
「エンタメ小説」の定義は難しいところでありますが、本記事では、肩の力を抜いて楽しめる作品でありながら、同時に深い感動も味わえる作品を選ぶという方針でランキングをつくりました。
第10位 「時をかける少女」筒井康隆
【学園SF時間移動ジャンルを生み出した読み継がれる古典】
・あらすじ
ある日、中学3年生の芳山和子は、同級生の深町一夫・浅倉吾朗と一緒に理科室の掃除をしていた。
掃除を終え、隣の理科実験室に用具をしまおうとすると、理科実験室から奇妙な物音が聞こえてくることに和子は気づく。
恐る恐る理科実験室の扉を開ける和子。
しかし、和子が明けた瞬間に中にいた人物は別の扉から逃亡したようで、残っていたのは液体の入った試験管だけ。
しかも、試験管の一つは割れて液体が床にこぼれている。
そして、液体から微かにラベンダーの香りがすることに気づいた瞬間、和子は失神してその場に倒れ込んでしまう。
そんな不思議な体験をした和子は、その数日後、悲劇に襲われる。
登校中、信号無視のトラックが和子に突っこんできたのだ。
「ひかれる!」
絶望して目を閉じた和子だったが、目覚めると自室のベッドの上で寝転がっていた。
時刻は家を出る前の午前7時半。奇妙な体験に混乱する和子だったが......。
・短評
偶然にタイム・リープの能力を得た和子が、その能力の謎を解き、使いこなせるようになり、そして、能力を得た原因と同級生の秘密に迫る、というお話。
同級生の男子二人が友人で、一方が未来からタイム・リープして来ているという設定はアニメ版でもそのまま使われておりまして、確かに「原作」なんだなぁという印象を受けます。
また、いまとなっては学園SF時間移動モノというジャンルは定番ですが、この作品がその先駆者であることも「元祖」として親しまれ続ける要因となっているのでしょう。
当時としては極めて斬新であったことはジャンルの確立者であるという事実が物語っています。
時間移動といえば世界の全てを、そうでなくても自分自身の運命を根底から変えてしまうようなSFばかりという時代にこれを書ける発想はさすが筒井康隆先生といったところ。
徹底的に「日常」に拘るというコンセプトもまたアニメ版に引き継がれていますね。
そして、何よりこの小説を魅力的にしているのは、この時代にタイム・リープしてきた黒幕の和子に対する告白でしょう。
君と一緒に時間を過ごすうちに、君を好きになってしまった、という台詞に思わずはっとさせられます。
未来人も人間であり、タイム・リープを行う遠大な理由があっても、友人をつくり何でもない時間を楽しむという誘惑からは逃れられない。
いつも世界を救うか滅ぼしに来ていた「未来人」像を木端微塵にし、ここに「人間」を召喚したのは流石としか言いようがありません。
アニメ版でも千昭が真琴に同様のことを言いますが、やはりこれも原作そのままだったんですね。
近年の作品を観るにつけ、細田監督はやはり演出力が飛びぬけているだけで物語はいまいちなので、こういった短編を原作にして発想を膨らませていくのが向いているのではないかと思います。
様々な作品の原点となっている現代の古典。
小説好きならば一度読んでみるべきです。
今日でも重要となっている要素をこれほど多く詰め込んだ作品が1967年に刊行されていたのかと驚くこと請け合いです。
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