それに対する施策として、著者は「現金クッション」と「利回りシールド」という二つの防衛策を紹介します。
生活費の25倍の資産に加えて、暴落時に引き出すための言わば生活防衛資金を現金として持っておきましょうというのが前者であり、暴落時にも金融資産から生み出される分配金が原資の価格ほどは減少しないことに着目し、分配金を多く生み出すような資産を保有しておこうというのが後者になります。
前者は分かりやすいですが、後者は投資初心者にとってピンとこない概念かもしれません。
本書では後者を行うための金融資産として、普通株よりも利回りの高い優先株の購入や、不動産に対するインデックス投資商品ともいえるREIT(不動産投資信託)の購入、そして平均的な株式よりも配当利回りの大きい高配当株の購入が提案されています。
最終的に31歳という超早期でリタイアすることになる著者ですら「4%ルール」に対して更に保険をかけているのですから、さすがに生活費の25倍ギリギリでの引退は危険だということでしょう。
こうして資産運用によって生活費を賄えるようになればいよいよFIRE達成ということで、第12章以降はFIRE達成後状態でのお金のアドバイスが中心的に為されます。
第12章のタイトルは「お金を浮かすために旅行をする」という矛盾を感じるものですが、マイルやAirbnb、クレジットカード付帯の保険といったサービスを利用すれば、アメリカやカナダで普通に生活するよりも安い「生活費」で旅行ができてしまうというもの。
要は節約のために旅行をするという技術の紹介なのですが、これはさすがに生活費の高い北米ならではの理論のように感じますね。
インバウンドを呼び込む側となった現代日本では、さすがに東南アジア旅行を行うにしても節制した普段の生活費より更に安いというのは難しいのではないでしょうか。
ただ、既にFIRE後であることを勘案するならば、旅行シーズンを避けて渡航し、徹底的に貧乏旅行を志向すればFIRE後でも旅行という娯楽を味わうことができそうだと解釈することもできるでしょう。
第13章のタイトルは「バケツ・アンド・バックアップ」となっており、FIRE後の資産運用と稼得について述べられています。
FIRE後の資産管理方法である「バケツシステム」と、不測の事態に備えるための「バックアッププラン」が紹介されるのですが、「バケツシステム」の方は非常に単純な話で、要は資産運用を行う口座と生活資金の引き出し口座、そして「現金クッション」にするためのお金を貯める口座を分けておこうというものです。
資産運用口座については定期的な引き出し以外は手を付けず、日常の入出金は生活資金口座で行い、「現金クッション」口座は暴落時にだけ使う。
それぞれの口座が持つ役割を明確にして運用することで、FIRE後のお金の動きが可視化され破綻しづらくなるというわけです。
面白いのは「バックアッププラン」の方で、FIRE後に不測の事態が起こったときに執るべき5つの行動が提示されています。
そのうち、1と2は上述した「利回りシールド」と「現金クッション」、3が「もっと旅行する」なので単なる繰り返しになっているのですが、4と5は「副業」と「パートタイムで仕事に復帰する」、つまり、働けというわけです。
4について、著者はそうでなくても自然と働くようになるだろうと述べています。
Netflixを見るのも飽きてきて、情熱を駆けられるものに精力を注ぐようになり、それが副業になっていくと言うのです。
また、5については、これまでのキャリアを活かせばまた同じ業界で職を得るのは難しくないはずで、そこで稼ぎを得ればまた「4%ルール」の軌道に戻れるというわけです。
この4と5というのは、特に日本では結構微妙かなと感じます。
何かやりたいことがあってFIREする人はともかく、とにかく働きたくなくてFIREする人が新しい情熱で「稼ぐ」という領域まで趣味を昇華させられるかというと、それはかなり可能性が低いのではないのかと思いますし、一度キャリアを外れると同業界での再就職すら難しいとされている日本では、よほどの専門職でないとパートタイムでそれなりの職に復帰するのは難しいのではないのでしょうか。
日本は物価もインフレ率も低く、どこに住んでも治安が良いという点でFIREに向いているとよく言われますが、この「復帰可能性の低さ」というのは結構難所だと感じまして、FIRE生活を持続する点については簡単でも、不測の事態が起きたときにそこから立て直す術を本書ほどは楽観せず用意すべきなのではないかと思います。
第14章のタイトルは「インフレ、保険も恐るるに足らず」。
FIRE後の「4%ルール」を脅かすのは何も資産運用側における株価暴落だけではありません。
生活費そのものの上昇、つまりインフレに襲われる可能性があります。
その対策として、そもそも株式という資産自体がインフレヘッジになっているということに加えて、著者はインフレ率が低い地域や国に移住したり旅行したりすればよいと説きます。
そもそもインフレ率が高めの北米視点から見れば、よりインフレ率が低い国に移住したり、国内でのインフレ率差を利用するというのは(FIRE状態で居住地域に縛りがないのであれば)それなりに現実的なのでしょう。
しかし、そもそもインフレ率が世界最低級の日本でインフレ率が上昇した場合、どこに逃げればよいのかというのは結構問題です。
より田舎に移住して家賃を下げていくあたりが現実的でしょうか。
とはいえ、田舎過ぎるとバックアッププランをするためのパートタイム労働先がなくなってしまったり、そもそもFIRE後に楽しもうと思っていた生活様式を整えられない可能性もあります。
もちろん、日本のデフレ体質はなかなか脱却しそうにないので、そもそもインフレ率についてはあまり心配しなくてもよいのかもしれませんが、歴史的に見て一度下がった株価が長期では上がることは合っても、一度上がった物価が長期で下がることはまずありません。
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