1996年に発売されると、世界中で大ヒットとなり、いまなお世界的大人気シリーズとしてゲーム業界に君臨しているビッグタイトル「ポケットモンスター」。
四半世紀経ったいまでも最新作「ポケットモンスター スカーレット・バイオレット」の発売が控えており、ゲーム本編以外でも、アニメ・映画・スマホゲーム・関連グッズの展開は留まることを知りません。
日本を代表するコンテンツの一つだと言っても全く過言ではないでしょう。
そんな「ポケットモンスター」の生みの親と呼ばれる存在。
その人物こそ、ポケモンの開発元メーカーである「ゲームフリーク」の創業者、田尻智という男です。
第一作である「ポケットモンスター 赤・緑」の主人公のデフォルトネームであり、アニメ版ポケットモンスターの主人公の名前でもある「サトシ」はこの田尻智から取られています。
そんな田尻智さんの伝記漫画が本書なのですが、なるほど、こういう人物が斬新なゲームをつくるのだなと感心させられた次第です。
子供時代の自然体験とゲーム体験、その二つが見事なバランスで融合した思想から生まれたのがポケモンというゲームだったことに納得すること間違いありません。
ゲームばかりをしていても良いゲームを創ることはできない、とはよく言いますが、田尻智さんが育った時代の絶妙な塩梅が「自然」と「ゲーム」の二つを田尻智さんに与えたことはまさに奇跡的だと唸ってしまう漫画です。
あらすじ
田尻智が生まれたのは、まだ自然が色濃く残っていた時代の東京都町田市。
新興住宅街を飛び出して昆虫収集に励む智少年はいつしか昆虫博士と呼ばれるようになっていた。
しかし、宅地開発が進む中で町田市からは手つかずの自然が失われていき、智少年と自然との接点も失われてしまう。
失意の智少年だったが、街にできたゲームセンターでインベーダーゲームに出会ったことが彼の人生を大きく変えるきっかけとなる。
持ち前の研究熱心さによってインベーダーゲームでのハイスコア記録者となった智少年は次第に、自分でも面白いゲームをつくりたいという熱情に駆られていき......。
感想
1965年生まれの田尻智さんはまさに高度経済成長と少年期を共にした人物であり、幼少期は昆虫博士だったものの、中学生からはゲーム博士に転向するという、この時代ならではの経歴を持った子供として青春時代を過ごします。
とはいえ、単なるゲームプレイヤーとしてゲームを愛好するだけではなかったところに凡百の人物との違いがあるといえるでしょう。
ゲームのアイデアコンテストに応募すると賞を獲得し、ミニコミ誌が流行っていると知ればゲームの攻略情報を事細かに記したミニコミ誌を自作して同人誌専門店に置いてもらう。
その同人誌がまたヒットして、読者を編集部に勧誘して発行規模を拡大、そして、その仲間たちとともにゲーム制作にまで乗り出してしまうという勢いにはまさに少年誌の主人公のような気質を感じます。
それにしても、田尻智さんの家庭は非常に恵まれていますね。
受験競争が相当程度激しい時代であったと思われるにも関わらず、田尻智さんがゲームにばかり熱中していても両親は怒ったりしなかったようですし(作中で田尻智さん自身がそう言っています)、せっかく東京高専を卒業したのに、就職もせずプロのゲームライターとして生計を立てることが許される家庭環境。
田尻智さん自身の才能と努力にも感服しますが、こういった家庭環境が田尻智さんの創作を後押しした点も「天才がいかにして世に見出されたか」という観点で本作を読んでいると見逃せない側面です。
さて、ゲーム創作を始めた田尻智さん率いる「ゲームフリーク」ですが、「ポケットモンスター」の制作には構想から六年以上の年月がかかっており、この間には「ポケットモンスター」の完成を待ち望む任天堂から下請け的に仕事を引き受けて会社の業績を保たせています。
いまでも世界的なビッグコンテンツはこの頃に製作されたタイトルが多いですが、テレビゲーム業界黎明期のこういった大らかさこそが、目先の利益にとらわれない斬新な作品を生み出す基盤になっていたのかもしれません。
田尻智さんたちを信じ続けた任天堂の懐の大きさには驚嘆するばかりです。
そうして創りだされた「ポケットモンスター」という作品の設計思想には、田尻智さんが少年期に経験した虫取りを中心とする自然との触れ合いと、捕獲した生物を友達と交換するという、当時の遊びの王道が生かされています。
結局、ゲームばかりをやっている人間が新しいゲームを創ろうとしても、どうしてもアイデアが二番煎じになってしまうのでしょう。
街が人工物に覆われる以前に経験した虫取りと、それ以降に経験したゲームとの融合、そのどちらもを高度に理解していた田尻智さんの感覚が「ポケットモンスター」を生み出したのです。
というわけで、ゲームクリエイターはなぜゲームクリエイターなのか、その根底にある研究熱心さと創作魂が理解できる書籍であり、田尻智さんという人物は偶然ゲームに出会ったからゲームクリエイターになったのであって、ゲームのない時代に生まれてもきっと、何かのクリエイターとして名を残していただろうと思わさせられる漫画です。
また、あまり本編で深く掘り下げられてはいないのですが、「ポケットモンスター」の制作終盤に、あまりの激務さから三人のプログラマーが辞めてしまい、絶体絶命のピンチにあって音楽担当だった増田順一が「プログラムも勉強してきた」と言って代役に名乗りをあげる展開が個人的には非常に胸をうたれました。
言い訳をして諦める人物たちがあとちょっとのところで成功者への切符を掴みそこね、どこまでも主体的かつ熱心に取り組む人物は常日頃から求められる以上のこと(音楽担当だけれどもプログラムも勉強する)を考え行動しており、その結果として栄光を掴む。
もしこの学習漫画を読む子供たちのうちの誰かが本ブログを見ておりましたら、是非、その点に注目して今後の人生に取り組んでいって欲しいと願うばかりです。
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