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「バカの壁」養老孟子 評価:2点|現代人が囚われている愚かさの監獄について老教授が語る【社会学】

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バカの壁
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400万部以上を売り上げ、日本のベストセラーランキング5位に君臨する伝説的新書である本作。

東京大学名誉教授である養老孟司さんの著作で、2006年には「超バカの壁」、2021年には「ヒトの壁」が発売されるなどシリーズ化されており、人気は現在でも健在です。

本作は新潮社編集部による口述筆記によって著されており、養老さんの語りを分かりやすく文章化したもの。

そのため、確かに文章としては柔らかく読み易いものになっております。

ただ、だからといって内容が濃いか、あるいは理解しやすいかと言われればそれはまた別の話。

社会批判についての方向性としては個人的に賛同できる部分が多かったですが、あくまで老教授の居酒屋談義という色合いの著作です。

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目次

第1章 「バカの壁」とは何か

第2章 脳の中の係数

第3章 「個性を伸ばせ」という欺瞞

第4章 万物流転、情報不変

第5章 無意識・身体・共同体

第6章 バカの脳

第7章 教育の怪しさ

第8章 一元論を超えて

第1章 「バカの壁」とは何か

第一章では本作のタイトルでもある「バカの壁」について、ある夫婦の妊娠から出産までを追ったドキュメンタリーを見せたときの男子学生と女子学生の反応の違いをもとにその定義が論じられます。

ドキュメンタリーを鑑賞した感想として、女子学生の多くが「大変勉強になった、新しい発見が沢山あった」と述べた一方、男子学生の多くは「保険の授業で習っていたことばかりだ」と述べたという事例から、著者はこの男子学生こそが「バカの壁」に陥っていると主張します。

知識を持っているから既に「分かっている」という態度でドキュメンタリーを見た者はそこから何も得ることができず「バカ」に留まり、実感と学習意欲を持って鑑賞した者は細部にも注目してそこから何かを得てその知性を伸ばした。

この知識を持っているから「わかっている」という態度と、ここから来る、知識を説明すれば「わかる」はず、つまり、「話せばわかる」「説明すれば理解できる」という態度こそが現代社会において人々の中にある大きな問題だと著者は説くのです。

時が来れば「反証」がされるかもしれない危険性がある「科学」への異様な信奉、そして、「客観・公正・中立」な知識や態度がどこかにはあり、それを得ている人間が正しいとする世界観。

そういった、実践・実感や相対化に対する意識が薄れた社会の中で「自分は『分かっている』」という態度をとる「バカ」が増えすぎていることに著者は警鐘を鳴らし、それが本書のテーマであるとします。

第2章 脳の中の係数

第2章では、私たちが持つ、現実社会を解釈する際のバイアスについて語られます。

最終的に脳に入力される情報をy、現実に起こっている事象をxとすると、y=axという一次方程式が成り立つ。

この一次方程式におけるaが何かというと、それは私たち脳の中に持つバイアスだというのです。

出産について「俺には関係ない」という態度をとるとき、いくらxであるドキュメンタリーを鑑賞しても、aがゼロなので脳に残るyはゼロにしかならない。

イスラエル側がアラブ側の言い分を聞くとき、あるいは、アラブ側がイスラエル側の言い分を聞くときもきっとそうである。

それどころか、好きな相手から受ける感情はaがプラスなので何をされても良好に感じ、逆に、嫌いな相手からはaがマイナスなので悪く感じる。

宗教的バイアスがかかると、このaが無限大にまで膨れ上がり、テロ行為や報復戦争が行われたりする。

私たちの脳は高級な代物ではなく、このaに振り回されてyが決まる程度には「バカ」であると著者は述べます。

第3章 「個性を伸ばせ」という欺瞞

第3章では、近年しばしば謳われる「個性を伸ばせ」という教育方針についての疑問が論じられます。

そもそも教育というものは「共通了解」を人々のあいだに広げていくための手段であるはずだと著者は述べます。

公用語のような共通言語であったり、数学の計算方法についての普遍的な手法についての理解がそれであるというのが著者の主張です。

それでは逆に、「個性」があるというのはどういった人物か。

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