漫画 「1518! イチゴーイチハチ!」 第1巻 相田裕 星4つ

1518! イチゴーイチハチ!
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1. 1518! イチゴーイチハチ! 第1巻

前作「GUNSLINGER GIRL(ガンスリンガーガール)」によりニッチな漫画界隈で有名になった相田裕さん。イタリアの対テロ秘密結社が舞台だった前作とうって変わって、現在連載中の本作は日本の高校を舞台にした青春ものです。

突飛で唐突な物語ばかりが溢れた現代漫画界の中で、繊細かつ丁寧に高校生活を描く稀有な作品となっており、私が新刊を追っている数少ない漫画の一つです。通底するテーマの深さは文学的で普遍的と言えるにも関わらず、エンターテイメントとしても一級品。是非、メジャーになって欲しい作品です。

2. あらすじ

舞台となる高校は「私立松栢学院大付属武蔵第一高校」、通称、「松武(しょうぶ)」。県内トップ公立校の併願校であり、公立校に落ちた生徒が通うことになるため、学校前の川は「三途の川」とまで呼ばれている。とはいえ、部活や行事が非常に盛んで、「文・武・楽」がこの学校のモットー。

そんな松武に入学したのは、主人公の丸山幸(まるやま さち)。中学校ではバスケ部に所属していたが、それが本当に自分のやりたいこととは思えず、松武で入ることにしたのは生徒会。現在3年生の生徒会長は幸と同じ中学校の出身であり、幸は彼女から生徒会へ入らないかと誘われていたのだ。

そしてもう一人、生徒会室にやって来る人物がいた。彼の名前は烏谷公志郎(からすや こうしろう)。野球の強豪シニアでエースとして活躍していたが、肘を壊していてリハビリ中。野球を諦めきれず、野球強豪校である松武に一般入試で入学している。クラスでただ一人部活に入らず、不貞腐れていた彼を見かねた担任が生徒会長になんとかしてくれと相談を持ちかけた結果、生徒会長は彼も生徒会に誘うことにしたのだ。

一応、生徒会室にやって来た烏谷だが、生徒会に入ると決まったわけではない。会長は彼に一打席勝負を持ちかける。会長が投手で、烏谷が打者。

言われるがままに打席に立つ烏谷。「負けたら罰として生徒会に入れ」。そう宣言して、マウンド上の会長はぐっと腰を落とし、地面すれすれからボールを投げ込んだ。見まごうことなきアンダースロー。烏谷がかつて野球シニア春日部南のエースだったなら、会長もまた、同じく県内の野球シニアである戸田荒川の投手だったのだ。

女子でありながらシニアに所属していた会長だったが、男子の筋力が伸びてくる中で出場機会が減っていき、先発が打ち込まれた対春日部南戦でリリーフするも烏谷のタイムリーでコールド負け。それを機に野球を諦めたのだった。

そして、その試合を観戦しに来ていたのが丸山幸。先輩である会長を応援するはずが、マウンド上できらめく烏谷の姿に芽生えた憧れ。松武での出会いは、その一方的な一目惚れ以来の再会だった。

会長と烏谷の勝負の行方、変わってしまった憧れのあの人に幸はどう接するのか。ちょっとだけ行事が盛んな学校の、それでも、ごく普通の生徒会の、熱い青春群像劇の始まり。

3. 感想

敗者の物語である、という側面にまず惹かれますね。人生は思い通りにいかないことの方が多く、大きな敗北の味を飲んだことがない人はいないでしょう。この「1518!」の主要登場人物たちもまた、敗北するところからスタートしています。エースを務めるほどの実力があったにも関わらず、怪我で野球を諦めなければならない烏谷。女子だから、という理由で野球を諦め、生徒会長というポジションに就いている会長、そして、入学早々、初恋の幻想が敗れる幸。

公立受験に破れ、「三途の川」を渡った先にある高校という点も象徴的で、「受験で負けたが、高校生活では負けない」という松武生の心意気を紹介する幸のモノローグも印象深いものがあります。なにかを掴めなかった少年少女が、高校生活でなにを掴んでいくのか、そんなテーマが作品の底を穏やかに優しく流れています。

この、穏やかに優しく、というのが本作を語るうえでのミソだと私は思っておりまして、よくある生徒会もののように、過度に非現実的なキャラクターが登場したり、やたらと生徒会の権力が強かったりはしません。一般的な高校と比較して自治が行き渡っているという設定ですが、それでも、生徒会ができることは微々たるもの。この1巻で幸たちが最初に取り組む活動は、食堂にかつて設置されていたアイスの自動販売機を復活させるという本当に地味なミッションで、これだけで様々な生徒会ものとは一線を画しています。

しかしながら、現実の生徒会が生徒のために行うことはそんなものでしょうし、かつ、そんなもの程度のことでも、職員室を説得するには様々な手を尽くさなければならないというのが現実です。しかも、かつて生徒のマナーが悪かったために撤去された自販機。幸と烏谷は企画を考え、マナー向上キャンペーンを打って自販機の再設置を認めてもらいます。

そんな、ささやかな日常の中で各登場人物が見せる一生懸命さ。これが本作の魅力の大きな部分です。なにげない日常をどう楽しく過ごすか、そこに一生懸命な姿は、並みの小説や漫画にはない、「あと少し頑張れば、もう少し恥ずかしいなんて気持ちを捨てれば、こんな高校生活を送れたかもしれない」という気分を否応なしに煽ります。

とはいえ、「ほのぼの系」ではなく、切迫感を保っているのがまたこの作品の素晴らしさの一つです。「野球バカから卒業しろ」と堂々と烏谷に言う会長と、その会話にはらはらする幸。野球バカから卒業した会長だからこその言い草と、その「空気感」が分からない幸との差。烏谷自身が中学生の会長をめった打ちにして会長の野球人生に引導を渡しただけに、会長の言葉には重みがありますが、「マウンド上の勝負」や「野球に真摯な者同士だけが分かる、野球にかけた小さな青春」に想像が及ばない幸にとって、会長が烏谷にかける言葉は頼もしい言葉ではなく、辛辣な言葉に思える。そんな心理の機微が巧みに描かれています。

ちなみに、私立校のあるあるパターンで松武はコースが3つに分かれており、それぞれ「選抜」、「特進」、「情報」と名付けられ、偏差値もこの順番。「情報」にはスポーツ推薦で入学した生徒も所属しています。会長は史上初の「情報」からの生徒会長という設定で、きっと烏谷のように野球を諦めて松武に入り、しかし、生徒会長になるほど学園生活を楽しんでいる会長の語られざる背景にも様々な想像が浮かんでしまいます。

誰もがなにかを求めている。頼りがいのある先輩として登場する会長さえも。ありきたりな「テンプレ」キャラ造形を避け、現実感のある肉付けが各登場人物にされているため、ヒューマンドラマとして重厚かつ濃密になっているのです。

また、描写の際立った特徴として、学校生活の立体感、主要登場人物たち以外の存在感がしっかりしているのも本作品の特徴。すれ違う人物や背景の生徒たちが「影」ではなく主人公たちと同じ密度・絵柄で描かれていて、主要登場人物たちでさえ「みんなの中の一人に過ぎない」感がほどよく出ており、その中でなお素晴らしい学校生活のためにもがく感が出ているのは素敵です。現実の高校生活において、ちょっとだけ特別であることが非常に素晴らしく特別であることで、そして、ちょっと背伸びして汗をかけばちょっと特別になることくらいはできるのに、そのちょっとが誰にとっても難しかったはずです。この作品はその「ちょっと」を大変濃やかに描いています。筆舌に尽くしがたい技巧に感傷が高まるばかりです。月刊連載で余裕があるからか、非常に引きが上手いなど、話ごとの構成も練られています。

余談ですが、現実でも都市部では偏差値や「工業」「商業」などの学科で高校の性質が細かく分断されているため、一つの高校には同質の生徒が集まりやすく、リアルな学校を書こうとすればするほど性格やバックグラウンドが多彩な登場人物を出すのが困難になってしまいがちです。その点、マンモス私立の学科混合生徒会という設定で現実的制約を回避しているのも本作は設定が上手いと感じました。現代において多様な生徒を混在させる手法はこれしかないのではないでしょうか。ただ一つ疑問なのは、行事の盛り上がりなどが非現実的にならない程度とはいえかなり魅力的な高校として描かれているのに、公立併願校に過ぎないというのはちょっと無理があるような気がします。高校のそういった「盛り上がり」面を軸に学校選びをする中学生も昨今、少なくないのではないでしょうか。ただ現実の公立トップである浦和高校(舞台は埼玉です)などは部活や行事も大変盛んと聞きますし、伝統もあるので、埼玉では公立トップ校が特色ある私立高校の純粋上位互換なのかもしれません。

漫画は展開の変動による評価の上下が激しいので完結している作品の感想を書くようにしていましたが、この「1518!」は単行本の刊行が半年に1回ペースだと聞き、これは感想を書けるのは何年後になるか分からないぞと思ったこと、そして、この名作について書く機会をあまりにも後ろ倒しにするのはもったいないと思ったことから、1巻ずつ感想を書いていくことにしました。

作者の前作である「GUNSLINGER GIRL」でも尻上がりに盛り上がっていたので心配無用でしょう。非常に期待している作品です。

第2巻に続く

漫画 「1518! イチゴーイチハチ!」 第2巻 相田裕 星4つ
1. 1518! イチゴーイチハチ! 第2巻高校生たちのささやかな青春をきめ細かいタッチで描く名作(予定)漫画、「1518!」の第2巻です。第1巻の感想はこちら。登場人物紹介兼プロローグだった第1巻に対し、第2巻では怪我により野球を諦めた少年、烏谷公志郎の心の再生にスポットが当たっています。折り合いをつけるということ、目の前のことを楽しむということ、自分との戦いを意識すること。決して説教臭くなく、むしろ一貫したエンターテイメント性に支えられた作品ながら、通底するメッセージが深く切なく染みわたります。1518! イチゴーイチハチ! 2 (ビッグコミックス)posted with ヨメレバ相田 裕 小学館 2015-11-30AmazonKindle楽天ブックス楽天kobo

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