教養書 「ゲーム理論はアート」 松島斉 星2つ

ゲーム理論はアート
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1. ゲーム理論はアート

松島斉東京大学教授によるゲーム理論の紹介本です。体系的な教科書や専門書ではなく、かといってエッセイ的な本や時事問題解説本でもないため「紹介本」としておくのが適切でしょう。近年、社会科学の分野で一大巨頭となりつつあるゲーム理論の考え方が現実とどう関連しているのか、また、ゲーム理論の考え方を現実の状況改善にどう適用しうるのかが事例検討を中心に説明されております。

全体的な印象としては、とても中途半端な本に思われました。ゲーム理論に馴染みのない人にわかりやすく書いていますといった論調にも関わらず碌な説明もなしに専門用語やアカデミックな言い回しが多用され、事例も社会科学に興味のある人しか関心を抱かないだろうというものばかり。かといって体系性や網羅性、専門的な深みがあるかといえばそうではないという本に仕上がっており、ところどころ面白い部分はあったものの、惹きこまれるというよりは購入した義務感で読み進めてしまった本になりました。

2. 目次

第1部 アートとしてのゲーム理論
第1章 ゲーム理論はアートである
第2章 キュレーションのすすめ
第3章 ワンコインで貧困を救う
第4章 全体主義をデザインする

第2部 日本のくらしをあばく
第5章 イノベーションと文系
第6章 オークションと日本の成熟度
第7章 タブーの向こう岸
第8章 幸福の哲学

第3部 「制度の経済学」を問いただす
第9章 「情報の非対称性」の暗い四方山話
第10章 早いもの勝ちから遅刻厳禁へ
第11章 繰り返しゲームと感情
第12章 マーケットデザインとニッポン

3. 感想

著者の松島教授はゲーム理論の第一人者であり、Econometric Societyの終身特別会員であり、近年でも多数の論文を国際的な学術誌に多く発表している人物でもあるため、その道での評価は高いのでしょう。ただ、そういう道に浸かり過ぎてしまうと世の中の普通が分からなくなっていってしまうんだなと感じさせる書きぶりがあまりにも多く見られました。

まず第1章からして「ゲーム理論はアートである」という章題のもとゲーム理論の抽象的な社会的意義が羅列されるという始まり方です。もちろん、ゲーム理論を既に知っている人にとっては頷ける話も多いのですが、そうでない人にとってはゲーム理論が発展してきたことによる社会的貢献や学術界への貢献は直感的に理解しづらいものでしょう。

例えば、「比較優位の概念はあらゆる産業の生産性で相対的に劣っている国ですら世界の『専業と分業』を促す自由貿易体制に組み込まれる方が豊かになることを理論的に裏付けた点で画期的であった」と言っても、経済学を学んだことのない人には何を言っているのかさっぱりだと思います。本書における「社会的意義」「学術的革新性」の強調はほとんどこのレベルで展開されるので難解なのです。専門書でないにも関わらずあまりにも多くの前提知識を求め過ぎですし、しかも、「学術的に革新だった」ことが誰もにとって革新的なことに感じられるはずだという誤った前提に基づいて話が進んでいる場面もちらほら見受けられます。

また、著者としては分かりやすくしようと様々な具体例を入れてくるのですが、(特に第1章・第2章では)その語り方が拙くて余計に物事をややこしくしております。普通は「具体例→その具体例は何を言い表しているのか・その具体例はどうクリティカルで現実の問題をよく説明しているのか」という順番で説明するところ、本書は逆の順番で書かれているのです。まだ見ぬ具体例の意義だけが延々と語られ、その後に具体例がやってくるので、あらゆる説明が具体例の出現まで意味不明なまま放置されるうえ、具体例を見てもう一回冒頭から読み返さないと理論がうまく汲み取れない構造になっているのは大きな問題です。

さらに、「専門知識のない人に説明する方法としてAはだめ、BはOK。だからBという方法で説明を始めます→説明が始まる」という形式で説明が始まることがあり、不要な謎の前段にやや苛々とさせられます。説明が上手くなるための自己啓発本ではないので、「なぜ専門知識のない人にとってこの説明は分かりやすいのか」という説明を本書の読者は求めていないでしょう。

このように、最序盤から 「ゲーム理論とは何か」が語られることはなく延々と「ゲーム理論がなぜ素晴らしいのか」が語られるのはさすがに構成がおかしいとしか言いようがありません。カレーを知らない人にカレーの味も素材も作り方も知らせることなく、延々とカレーの栄養面における意義を語っているようなものです。

そして、p56からようやく抽象的でない話が始まります。公共支出(貧困救済等)をする際に支出先として適切な地域を見つけるためのメカニズムの話や、どのようにすれば効率的なオークションを行うことができるのかという話、株式市場における連続時間取引の不都合と「断続時間取引」の優位性の話など、なかなか面白い事例が出てきてためになります。特に「断続時間取引」のアイデアには驚かされましたね。確かに超高速取引で儲けさせないためには、一定期間を区切りとして買い注文と売り注文をプールさせておき、その期間が過ぎた瞬間に期間内に集まった注文をマッチングさせて一気に約定するという方法は過度に「注文の速さ」が優遇されることなく株式取引が行われる方法として優れているなと感じました。

しかし、これらの事例紹介でも分かりづらかったり感情を逆なでするような表現がまま見られます。一般人には全く馴染みのない「全体主義」の話をしているのに、あたかも短く簡単な説明で「全体主義」とは何かについて読者が快適に飲み込めたかのように話を進め、時おり、「どう?語り口が柔らかくて易しいでしょ?」という文章を挿入してくるのは嫌気がします。

加えて、居酒屋談義的な「日本人は~あるべき」という精神論に行数を割きすぎです。そんなところに力を入れるくらいならば ゲーム理論が応用されている日常例(インターネット検索など)のうち数ページであっさりと解説が終わってしまった部分をもっとアカデミックに掘り下げて欲しいと感じてしまいます。

極めつけは第12章冒頭、「なのに、政府も国民も、こんな経済学の可能性を認知してくれない」という文章。人々の行動を研究するゲーム理論家ならこれは言ってはいけないことでしょう。第11章では「やさしい感情といじわるな感情」という節を設けて人間の不合理な感情的側面までも理論に織り込むべきだということを解説していたのに何を言っているでしょうか。そういった問題意識があるのならば、人々が経済学の可能性を認知してくれるような制度デザインを考えることこそがゲーム理論家の仕事であるはずです。

4. 結論

総合的に見れば、ゲーム理論を最初から知っている(囚人のジレンマ及び繰り返し囚人のジレンマ程度)人がもう少し理解を深めるために読む本といえるでしょう。それでも、語り口の分かりにくさや掘り下げの浅ささからすればその目的を達成できるかも疑わしいところです。星1つをつけるほど中身がないわけではありませんが、ぎりぎり星2つといったところです。

なお、あとがきで「結果的には、とても平易に書かれたというほどでない」と著者自ら述べているのは潔いと思いました。著者も最初は分かりやい解説本にしようとしたのかもしれませんが、途中で自分自身がもはや普通の人間というものを理解できていないことに気づいたのでしょう。ただ、それでは本書は誰のために書かれたのでしょうか。出版社もよくお金をかけて出版しようと思ったものです。

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