小説 「細雪(上)」 谷崎潤一郎 星3つ

細雪
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1. 細雪(上)

戦前から戦後にかけて活躍した小説家、谷崎潤一郎。いまなお評価が高く、ファンの多い彼の代表作ともいえる作品が「細雪」です。新潮文庫版は上中下巻の構成で出版されておりまして、執筆に4年を費やしたという大作。映画化3回、テレビドラマ化6回という数字が文学の古典ながら世俗にも通じる魅力をもった作品であることを表していますね。

やや冗長な表現や本筋から外れたエピソードなどが多いながら、やはり読みごたえのある作品だったというのが感想です。もちろん、そういった冗長さや寄り道部分を評価する人もいるでしょうから、私の星3つという評価が低すぎると感じる人はいても高すぎると思う人は少ないのではないのでしょうか。凋落しつつある旧家の娘が結婚相手を探すというストーリーは婚活全盛の今日においてむしろ示唆的ですらありますし、人物の描かれ方の今日との対比という点でも深く読み込んでいける作品だと感じました。

2. あらすじ

時代は1930年代、蒔岡家の次女幸子は芦屋に暮らしていた。同居するのは夫であり婿養子でもある貞之助と、一人娘の悦子、そして蒔岡家の三女である雪子に、四女の妙子。幸子の祖父の代には大阪の船場に店を構えて隆盛していた蒔岡家も、代替わりとともに凋落。いまは店も知人に引き渡し、主に残った財産で生活している。雪子も妙子も30歳を超えて未婚であるが、それは訳あって縁談がないということではなく、かつて栄えた「蒔岡」の名前を鼻にかけ、身の丈の縁談を断り続けてきたからというのがその理由。しかし、貞之助と幸子、そして、蒔岡家の長女であり本家筋の鶴子、その夫の辰雄も徐々に自分たちの身の程が実感できるようになってきていて、これからは及第点を探る縁談になることを薄々理解し始めてきていた。

そんな中、幸子行きつけの美容室の女主人、井谷が雪子へと縁談を持ってくる。相手は瀬越という41歳の男で、縁談が纏まればこれが初婚になる。大手化学メーカーに勤めていて、風采や性格も悪くなさそうだ。井谷にやや急かされ、身辺調査が完璧ではない段階であったものの、いい縁談だと判断しかけていた幸子と貞之助。しかし、ようやく縁談が纏まるのかと思った矢先……。

昭和の始まりという時代の変遷がもたらす日本社会の変化。緩やかに取り残されていく旧家の生活が赤裸々に描かれていく。

3. 感想

あっちこっちに話が飛びがちなので、なかなか本筋が掴みにくい作品なのですが(本筋が存在せず、それこそが本作の本質だという人もいるでしょう)、上巻は蒔岡家の三女、雪子の縁談が物語の比較的大きな部分を占めているので、それを中心に見ていくのが妥当でしょう。次女である幸子の視点で話が進んでいくのですが、この上巻にあって、雪子は「可哀想な女性」として幸子からは語られます。和服が似合う純日本式の美女であり、30歳を越えていながらそれよりも5つも6つも下に見える美貌。無口で愛想はあまり良くないがそれは奥ゆかしさの表れでもある。だからこそ良い縁談を、と意気込むあまり、相手に難癖をつけては自分たち(幸子や鶴子)が破談にさせてきてしまった。大阪船場で勢いのある商売一家だった「蒔岡家」の婿はこんな人ではいけない。そんな周囲の気持ちが婚期を遅らせてしまった。本人は「周りが納得するならば誰でもいい」と言っているのに、という具合です。雪子のはにかみ屋な態度も、むしろこの時代を知らない私たちから見れば、この時代のお嬢さんは「こんなものだったのかなぁ」と思わされます。

これとは反対に、幸子からは悪者扱いされがちなのが四女の妙子。雪子が華奢な「和風美人」だとすれば、妙子は肉付きのよい「西洋式美人」であると評されており、性格も見た目通り活発なのですが、幸子の目からはややお転婆すぎるように映っています。特に、大阪で有名な貴金属商の三男坊である奥畑との駆け落ち未遂のせいで過去に雪子の縁談が破れたこともあって、鶴子からも辛く見られています。とはいえ、「結婚の順番」を守るしきたりがあるため、雪子の縁談がまとまらないうちは妙子も結婚できないことになっているのも事実。奥畑も上位中産階級に属する身分であるから妙子としても身分違いの恋をしたわけではなく、雪子の縁談が纏まった後のこの二人の結婚は既定路線として物語冒頭では扱われています。順番待ちの妙子は奥畑との表立った交際を控えながら趣味である人形作りに励み、その腕前から作品が百貨店で売られるほどになっているのです。また、舞を躍らせても器用にこなし、技芸に秀でたタイプの人間として描かれています。とはいえ、家の中ではだけた格好をして座るなど悪癖も多く、旧家のお嬢様としての態度という観点で幸子からはやはり減点されてしまいます。

こうして見ていくと、「二人とも可哀想」というのが現代人の見立てなのではないでしょうか。旧習に絡めとられ、自由の効かない人生。妙子が洋裁に興味を持ちだすと、「人形作りはともかく、洋裁では職業婦人らしくて身分相応ではない」とまで言われてしまう始末。雪子も雪子で、「わたしは婚期遅れを何も気にしていない」という態度を表に出してはいるものの、内心ではどう思っているかわからないと幸子は見ている。つまり、雪子は周囲の無駄なプライドせいで婚期が遅れていることを気に掛けているのではないかということです。

結局、瀬越との縁談は瀬越の母が精神病を患っていることが発覚して破談となるのですが(この理由がいかにもこの時代らしいですよね)、幸子の気の落ちようは大きいもので、雪子の縁談はいつも決まりかけたところで事件が起こったり(妙子と奥畑の駆け落ちなど)意外な事実が発覚したりして駄目になってしまうと愚痴をこぼします。雪子の周囲が悪い、出てくる縁談が悪い、というわけですね。続いて野村という人物との縁談もあるのですが、彼は男やもめであり、風采もじじむさく、幸子はあまり乗り気ではない。結局、野村の自宅に招かれた際に野村が亡妻の仏壇をわざわざ雪子に見せたことをきっかけに雪子は拒絶の念を幸子に伝え、幸子はそれを承諾するという流れになります。

以上が上巻における本筋(雪子のお見合い)の流れなのですが、語り手である幸子の視点に感情移入して読むと、これは「世知辛い世の中に翻弄される可哀想なわたしたち」の話に読めるでしょう。事実、野村との縁談と並行して幸子が流産してしまう場面もあり、ともすれば何もかもが上手くいかないという雰囲気に呑まされてしまいます。悦子が幼年ならではの神経過敏症になってしまうという事件も、親のストレスが子供にまで伝播したような、そしてそれが病気として発現し手間がかかることでより親がさらにイライラしてしまうような、現代にも通じる子育てあるあるエピソードとして挿入され、母親としても苦労する幸子への感情移入は強まるばかりです。そして時おり、この美人三姉妹(幸子、雪子、妙子)が貞之助や悦子と共に花見に行った際の風流な情景などが描写されたりもするため、一瞬の風雅と沈痛な見合いの空気が幸子や雪子に寄せる同情心をひときわ煽ります。

しかし、そういったやり方こそが谷崎潤一郎の狙いだったのではないかと、上中下巻を通読した後になっては思います。蒔岡家の全盛期を朧気ながら知っていて、旧い雰囲気の中で結婚した幸子の目線からストーリーが語られている、そこに込められたギミックによって当時の「零落する名家」の可笑しさを巧みに描いているということに上巻ではなかなか気づきようもありません。途中、銀行員である辰雄の異動により本家(辰雄と鶴子)が大阪から東京に引っ越すのですが、東京で選んだ手狭な新居に三人の子供と夫婦が住んでいること、そして家計を引き締めているらしいことに幸子がやや侮蔑的な態度を示すのですが、まさにそのあたりが幾何かのヒントになっていたのだと思います。

1930年代の旧家の見合い話。私たちに馴染みのない世界観だからこそ、その風変りな雰囲気に惹きつけられ、現代から見れば奇妙な価値観に絡めとられていくような上巻。文庫本で200ページを越える壮大な「導入」に魅せられた後、妙子を中心に事態が動き出す中巻へと物語は続きます。

中巻に続く

小説 「細雪(中)」 谷崎潤一郎 星3つ
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