日本では「記憶」三部作で有名なアメリカのミステリー作家、トマス・H・クック。
「緋色の記憶(原題:The Chatham School Affair)」でエドガー賞を獲得し、アメリカでも一定の評価を得ております。
本作「夏草の記憶(原題:Breakheart Hill)」も日本では記憶三部作として売り出された三作品の一角。
(原題を見ての通り作品間には何の関連もないのですが、プロモーションのため強引な訳出がされています)
その内容はアメリカ風青春ミステリといった嗜好の作品であり、内気な男子高校生ベンの美人転校生ケリーに対する恋愛を軸に話が進みますので、まるでよくある日本の文芸作品を読んでいるかのような錯覚に陥ります。
もちろん、青春モノとしてだけではなくミステリとしても日本国内で評価されておりまして、2000年の「このミステリーがすごい! 海外編」では3位に入っております。
そんな「夏草の記憶」ですが、普通だったというのが端的な感想です。
決定的な悪い点はなく、良い点は微妙にある作品。
3点(平均以上の作品・佳作)と2点(平均的な作品)で迷ったのですが、やはりベタすぎる点がきにかかり、2点としました。
あらすじ
舞台はアメリカ南部、アラバマ州の田舎町チョクトー。
ベンは医者としてこの小さな町で年を重ね、町では上々の評判を得ていた。
妻と娘と暮らし、地位もある。
十分に幸福だと思われるベンの境遇だが、彼の脳裏には常に一つの記憶、一人の少女の影がつきまとっている。
その名はケリー・トロイ。
ベンがチョクトー・ハイスクールに通っていた頃、転校生として目の前に現れた美しい少女。
切ない初恋に浮かれていたあのとき、まさかケリーの身にあんなことが起こるとは思ってもいなかった。
小さな町、地元の若者全員が通うハイスクール。
その頃の同級生たちは、いまでもみな友人であるか少なくとも顔見知りではある。
彼ら彼女らの瞳にもいつだってケリーの影が見える。
青春の蹉跌に翻弄された高校生たち。
あの事件以来、歯車は狂い続けているのだ。
いったい、何がケリーの身体をあれほどまで痛めつけたのか。
いったい、誰がそんなことをしたのだろうか……。
感想
基本的には少年ベンの青春恋愛譚が中心となって物語が進んでいきます。
ただ、その途中途中で片想い相手のケリーが何か大きな事件に巻き込まれて傷ついたことが示唆され、その犯人は誰なのか、という部分がミステリの焦点になっているという構造。
大人になったベンが回想する形で語られるので、ベンだけは真犯人を知っているのですが、読者に対しては最終盤まではぐれかされるわけです。
そんな本作のストーリーは、上述の通りいかにも日本の青春恋愛小説風。
優等生で医者を志しているが、奥手で内気なところがあり、もちろん、スクールカーストでは下位にいるベン。
校内新聞「ワイルドキャット」の編集長が卒業するのに合わせ、ベンは新聞部の顧問からその後継者になってくれないかと依頼される。
あまり気乗りしないながらも受け入れるベンだったが、その直後、ケリーという美貌の転入生がチョクトー・ハイスクールにやってくる。
教師の勧めもあって彼女は新聞部に入り、ベンはもちろん彼女に惹かれていく。
しかし、奥手なベンからはこれといったアプローチができないまま時間だけが過ぎていった。
一方、学校にも慣れ始めたケリーが恋心を焦がし始めた相手とは......。
というのが「青春恋愛譚」の粗筋です。
分量でいえば8割方この話が続き、残りの2割がミステリ部分になります。
つまり、ミステリ成分を除けば、冴えない男子が美少女に恋するけど上手くいかない話の典型なのです。
いい具合にやきもきさせてくれる描写もあるのですが、青春恋愛モノにありがちなベタ展開を一通りこなすだけといった印象で、外しもしないですが恋愛小説として面白いわけでもなく、悪い意味で淡々としてしまっている感が否めません。
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