「いちご同盟」三田誠広 評価:3点|思春期の繊細な心情とその成長を描いた病室ボーイ・ミーツ・ガール【青春純文学】

いちご同盟

1990年に出版された小説で、芥川賞作家である三田誠広さんの代表作でもあります。

中学校の国語教科書に掲載されていたほか、集英社のナツイチ(夏の100冊)にも長らく選ばれ続けていたので、タイトルをご存じの方も多いでしょう。

近年でも大人気漫画「四月は君の嘘」の作中でオマージュされるなど、長年にわたり根強い人気を誇り、様々な作家に影響を与えている作品となっております。

都市郊外に居住する核家族的な生活感が日本の文化的メインストリームとして定着し、そのうえ、熾烈な受験戦争で生徒たちの精神がすり減らされていた1980年代。

そんな時代に、自殺という選択肢に対して仄かな憧れを抱く少年と、不治の病で入院しており、死期が近い少女との、ひと夏の淡く切ない交流を描くという内容の小説。

長期入院している少女と、身体は健康だが心に悩みを抱える少年のボーイ・ミーツ・ガールという「病室もの」的なジャンルを開拓した小説でもあります。

勉強、スポーツ、生きるということ、死ぬということ、人生とは何か。

よく言えば普遍的、悪く言えば平凡な要素がテーマとなっており、物語構成としても奇をてらわない内容の物語であるにも関わらず、本作独自としか言いようがない雰囲気と読後感を残す作品。

王道青春小説の中で、頭一つ抜けた小説として長年愛されていることにも納得の一冊です。

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あらすじ

主人公は中学三年生の北沢良一(きたざわ りょういち)。

学科の成績は平凡で運動神経もからきしなのだが、ピアノ講師の母親から指導を受けてきたこともあり、ピアノの演奏だけは特技だといえる。

しかし、そのピアノも最近は上手くいっていない。

良一は譜面が要求するリズムを乱してでも感情豊かに弾きたいのだが、譜面に厳格な母親からは突き放されている演奏法であり、自由に演奏させてくれない母親への苛立ちが募っていた。

レッスンを受けている母親ではないピアノ講師や、中学校の音楽教師は自分の自由な演奏を褒めてくれるのだが、高校の音楽科を受験して合格するためには正確さを優先する演奏法を磨かなければならないという点は彼女たちも認めるところ。

普通科を受験したのではクズのような学校しか受からないし、かといって、いまの演奏手法とレベルでは音楽科にだって受かりようもない。

未来に希望が持てない、陰鬱な気分に突き動かされ、良一はしばしば、最近飛び降り自殺した少年の住んでいたアパートに足を運び、彼が踊り場の壁に遺したメッセージを見るのだった。

そんな折、良一は同級生の羽根木徹也(はねき てつや)から「自分が野球の試合で活躍している姿をビデオに撮ってくれ」と頼まれる。

野球部の四番エースであり、女子にもモテる羽根木は良一と全く異なる世界の住人。

良一は驚きながらもこの依頼を承諾する。

羽根木が自身の試合を撮って欲しかった理由、そのビデオを見せたい相手。

それは、不治の病によって入院中の幼馴染、上原直美(うえはら なおみ)だった......。

感想

受験戦争が熾烈を極めていた1980年代から90年代前半頃における都市部の中学校を舞台にした小説であり、現代の学校生活とはそこに横たわる価値観や雰囲気が随分違うことにまずは驚かされます。

良い高校に入り、良い大学に入り、良い大企業に入ることこそ幸せになるためのただ一つの進路である。

そうした強迫観念から子供たちは猛烈な詰め込み教育に晒され、人間性を育むという観点の欠如、落ちこぼれた子供たちを取り巻く蔑視のまなざしが問題になっておりました。

また、都市郊外のニュータウン開発が進み、都会に出てきた人々が働き手の父親と専業主婦の母親、そして一人から多くて三人程度の子供から成る核家族を形成していった時代でもあります。

上述の通り、そんな時代の趨勢は第一次産業従事者や自営業者の家族を日本のモデルケース的家庭観から追放し、サラリーマン家庭を支配的なモデルケースとしていきました。

ほとんど家庭に関わることなく、子供たちとの交流も少ない父親が次第に存在感を失い、三世帯同居でもなければ地域コミュニティが豊かなわけでもないという環境の中で、専業主婦の母親だけが大人として子供たちに関わるようになっていった時代でもあります。

本格的な感想に入る前の段階である程度詳細に当時の時代背景を述べた理由は、本作の主人公である北沢良一の家庭がまさに都市郊外に新居を構えたサラリーマン核家族の典型的な事例であり、本作のテーマが専ら、当時の中学校や家庭環境が生み出していた、当時としては新しい問題に立脚しているためです。

北沢家も例にもれず父親の影が非常に薄い家庭であり、専業主婦の母親は良一に対して頭ごなしな指導ばかりを行っています。

普通科に行くならちゃんと勉強しろ、音楽科に行くなら、きっちり譜面通り弾け、そうじゃないとあなたの人生がダメになってしまう。

そしてもちろん、思春期まっただ中の良一は母親のこんな態度に不貞腐れています。

いや、自分を取り巻く世界全体に対して不貞腐れているといってもよいでしょう。

勉強は平凡かそれ以下、スポーツは全然ダメ、そんな良一にとって学校は決して輝ける場ではありません。

そんな良一が唯一、自分を表現できる場所こそがピアノの演奏なのですが、迸る感情に任せた演奏を母親は認めてくれず、音楽科への進学をするにしてもその点は矯正しなければならない。

10代中盤の若者が持つ激情、それを爆発させる唯一の手段すら奪われてしまいそうな良一。

自分をここまで押し殺さなければ世間や社会という場所で真っ当に暮らせないならば、いったい、自分って何なんだろう、自分はどうなってしまうのだろう。

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