この思春期の壊れやすく感じやすい心理状態と世界の行く末が直接的に連動しているという設定が非常に巧妙で、大きなハラハラドキドキを生んでいます。
そんなシンジですが、本作は序盤においてシンジを甘やかします。
戦果は上々で、父親からも同級生たちからも、母親代わりの上官葛城ミサトからも褒められてその承認欲求は急速に充足。
女性としたも魅力的な同僚であるレイとアスカから好意を寄せられ、まさに思春期の男の子としては順風満帆の日々。
この環境では天狗にならない方がおかしいというものです。
「ありがとう。はじめての言葉、感謝の言葉。あのひとにも言ったことなかったのに」
これはレイからシンジに向けて語られる感謝の言葉ですが、シンジの対する強い敬意がこもった言葉になっています。
自信が漲り、アイデンティティを依存する立場から依存される立場になる。
シンジが共同体の精神的支柱、大黒柱になっていく過程と言って過言ではないでしょう。
ただ、こういった展開の中でもシンジに釘を刺すことを忘れないのが本作の良いところです。
「あんたって、ほんとうに馬鹿ね」
父親に褒められて浮かれるシンジを、アスカはそう言って冷笑します。
褒められて浮足立っているようでは、まだまだ世界に踊らされているだけ。
世界が主体であり、自分は客体で、世界から与えられるご褒美を待っているだけの存在に過ぎない。
だから、小さな褒め言葉を梃子としていいように使われてしまう。
そんな侮蔑がこの言葉に込められているのでしょう。
幼少期から明確な目的意識を持ち、自己研鑽に励んできた、世界に対して主体的に干渉しようとしてきたアスカにこの台詞を言わせるのもまた巧妙ですね。
そしてもちろん、本作はシンジを甘やかし続けたりはしません。
むしろ、中盤に訪れる絶望的な展開への布石、ジェットコースターの上昇過程として上述した「褒められ」パートは利用されます。
暴走したエヴァ3号機に対する破壊命令を受けるも、シンジはそれを拒否します。
アスカが搭乗する3号機を破壊して、アスカを自分の手で殺してしまう。
たとえ世界を救うためであったって、それは受け入れられない。
結局、シンジではなく自動操縦プログラムが3号機を破壊するのですが、事態に気づいたシンジが司令官である父親に対して憎しみを覚え、エヴァを操って反逆を試みる展開の青臭さがたまりません。
社会の清濁を併せ飲むことができない純粋さを抱え、濁りを飲ませようとした人間を逆恨みして攻撃する。
弛緩を緊張を繰り返しながら幾度となくシンジに大人になるための試練を与え、そのたびにシンジが葛藤し、周囲がその様子を励ましたり咎めたりしながら見守る。
その展開を、説教臭くせず、言葉によってでなく映像の動きで伝える。
これほど完成された文学的青春アニメがあったでしょうか。
エヴァという作品が長きに渡って愛される理由がよく分かります。
現代における思春期の葛藤と超克をこれほど上手に描いたアニメは存在しないでしょう。
そういった葛藤と超克の流れをロボットバトルという鋳型に上手く嵌め込んでいるのも高得点です。
戦略や戦術、絆や信じる心ではなく、あくまで主人公の精神的な強靭さが世界を救うための勝負を決着させるという構図が本当に見事です。
「シンジ、大人になれ」
「僕には何が大人なのか分かりません」
一連の事件が終わった後、シンジと父親ゲンドウとのあいだで交わされる会話なのですが、ここに本作のテーマが明示されています。
もちろん、シンジはとても我儘であり、周囲と比較してもなかなか大人になりきれない中学生です。
だからこそ、わたしたちはシンジの中に自分のデリケートな部分を見つけることができるのではないでしょうか。
幾度となく大人になるための試練をぶつけられ、少しずつ大人やオトコとしての振る舞いを身につけていくけれども、だからといって「大人」に染まってしまうことに対して易々とは妥協しない。
そのアンビバレントで不安定だけれど、だからこそ私達が抱える懊悩の真意に近いような気がする心理。
それが生々しく表出され、グロテスクなまでに晒される映画です。
なにか思春期的なものを経た人間ならば、シンジに共感せずにはいられないでしょう。
前作と違って、世界観についての謎めいたややこしい説明も少なく、文学的テーマ性とロボットバトルの楽しさという美点が濃密に押し出されており、高評価を喜んで与えられる作品です。
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