臨済宗の僧侶にして芥川賞作家である玄侑宗久さんの作品。
母親に先立たれた父親が認知症となり、その介護を行う息子と、偶然の出会いからその介護を手伝うことになった元介護士の女性が主な登場人物。
僧侶らしい題材、とまで言ってしまうのは偏見かもしれませんが、現代らしい、地味ながら重大な介護という営為を通じて人間の出会いと成長を描いています。
とはいえ、その内容は予想以上に無風な物語で、それでいいの、と思ってしまうくらい盛り上がりに欠けます。
そもそもが落ち着いた題材とはいえ、ここまでドラマに欠けた面白みのない小説もないだろうと感じました。
あらすじ
父親が認知症になり、徘徊するようになった。
兄である哲也から電話でそう告げられた幹夫は、経営する喫茶店を閉じて実家に戻ることを決断する。
毎日行われる散歩という名の徘徊に付き添ううちに、ふと立ち寄った公園で幹夫は佳代子という女性と出会う。
以前は介護の仕事をしていたが、現在は無職だという佳代子。
父親とのコミュニケーションを巧みにこなす佳代子の姿を見て、幹夫は佳代子を介護士として雇うことにするが……。
感想
元々は実力のある介護士だったものの、一つの大きな失敗がショックで仕事を辞めてしまった佳代子。
そんな佳代子が、幹夫の父親と接するうちに心を再生させていく。
幹夫もまた、プロの介護士である佳代子が父と接する姿を見て、呆けるということの多面的な意味を理解していく。
そんな日常の中で、幹夫と佳代子は徐々に惹かれ合っていく。
というお話なのですが、ちょっとした介護体験記を読んでいるような小説であり、介護の面にしろ恋愛の面にしろ、劇的な場面の興奮もなければ静謐で胸に沁みるような感動もないという作品です。
認知症になった元公務員の父親が度々言及する事件(強硬派な市長の野望とそれに対抗していた父親、誰も火葬に付き合わない自殺者の葬式に出る話)も最後まで物語に効いてきません。
幹夫や佳代子が介護の様々な側面を語ったり、意外な側面を知ったりする様子もどこか「介護の知識・経験披露大会」のようになっておりませす。
決して悪くはないのですが、物語として面白いかと言われるとそうではないのです。
また、ありきたりな恋愛オチで締めたのもあまり満足ではないですね。
結局、「介護」という題材を使っているだけで、若者同士の恋愛を描いた凡庸な青春恋愛小説と枠組みは同じなのです。
中年の主人公、介護という題材、というのは独自性を発揮できる領域であるはずなのに、その良さが全く活かされていません。
意外なほどにつまらない読書になりました。
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