介護人として数多くの人物を看取ってきた著者がそれぞれの人物の最期に焦点を当て、彼ら/彼女らが死の直前にどのようなことを後悔していたのかを綴った著作になります。
元々出版を予定していた本ではなく、著者のブログが世界的に読まれるようになり、その結果として出版に至ったという「草の根」の支持から生まれた本です。
この手の本によくある、文字がやたらに大きくて行と行のあいだも極端に広く、見開き2ページごとにサブタイトルが一つという形式の本かなという先入観をもって購入したのですが、意外なことに、字がびっしりと詰まった読み応えのある本でした。
著者に介護を受けた人々が、人生の最終盤に何を想い、著者とともにどのような行動を起こしたのか。
人生でやりすぎてしまうこと、人生でやり残してしまうことの典型が淡々と語られる著作であり、ノンフィクション作品としての切ない魅力と、残りの人生をどう生きるかについて考えさせられる洞察を持った作品になっております。
目次
後悔一 自分に正直な人生を生きればよかった
後悔二 働きすぎなければよかった
後悔三 思い切って自分の気持ちを伝えればよかった
後悔四 友人と連絡を取り続ければよかった
後悔五 幸せをあきらめなければよかった
感想
著者が最期を看取った数人のエピソードが各章ごとに紹介され、その合間合間に著者自身の人生の歩みが語られる、という形式で本作は進んでいきます。
ある女性は、周囲の期待に応えようと良妻賢母あり続けた結果、自分が本当にやりたいことを行う時間と能力を失ってしまった。
ある男性は、妻の懇願をよそに引退を先延ばしにし続けた結果、妻に先立たれてしまい、自分が働きすぎたことを後悔していた。
ある男性は、家族に対して自分の感情を隠し続けた結果、誰にも正直な気持ちを告げられず、本当の自分を誰も知らない状況で最期を迎えることになった。
ある女性は、友達と連絡をとることを億劫がった結果、あまりに孤独な境遇で死ぬことを恐れていた。
ある女性は、自身の離婚を一族の負い目と感じ、仕事に打ち込んで地位も名誉も手に入れたが、エグゼクティブ然として振る舞うばかりになっていた自分の人生は幸せではなかったと振り返り、愛のある本当の幸せを追い求めればよかったと考えていた。
それぞれのエピソードにおいて、著者のブロニーは患者に寄り添いつつその人生に深く関わるようになり、患者たちの後悔が少しでも減るよう思い切った行動を起こしていきます。
豊富な経験に裏打ちされた介護の描写が非常に緻密なためにリアリティを感じるだけでなく、決して善良な人ばかりではない他の介護人たちの人柄や、決して善良な施設ばかりではない老人ホームの様子など、まさに現場を見てきた人ならではの引き出しから出てくる細部の描き方が本作に迫真性を付与しており、タイトルとなっている「死ぬ瞬間の五つの後悔」を生々しく感じることができます。
そして、本作の約半分はそういった介護のエピソードなのですが、残りの半分は著者の半生についてのエピソードが挿入されています。
高校卒業後に家を飛び出した著者は金融業界で就職するも10年ほどで退職。
無一文で出身地オーストラリアを飛び出し、ヨーロッパの飲食店で働いたりしたのち、介護の仕事を手にします。
スピリチュアルにかなり入れ込んでいるうえ、ヴィーガンでもあるという著者のいかにもな語り口は一般的日本人からするとやや異質に映るでしょうが、常に「いまここ」を意識して前を向き、何事も肯定的に捉えながら人生の旅路を力強く切り開いていく著者の生き方にも「後悔しない生き方」についてス示唆するところがあります。
さすがに、病気になったというのに医師による治療を断り、瞑想という手法でその病気を治そうと試みてなぜか成功してしまうエピソードには呆然といたしましたが......。
介護の仕事を辞め、刑務所で音楽を教える仕事に転身するエピソードが本書の最後を飾るのですが、そういった突飛な道を上手く見つけて人生を面白くしていく生き方は尊敬できますね。
日本のサラリーマン的な安定とは正反対の人生であり、「後悔しない」を人生のテーマにするとやはりこういう生き方になるのだなと感じます。
私もサラリーマンをやっていてしばしば辞めたくなるのですが、そういう人にこそ刺さる著作でしょう。
病床で「サラリーマンをやりすぎなければよかった」とため息をつきながら、ちっとも消化されなかった「やりたいことリスト」を前に項垂れる老いた自分の姿が見えるようです。
そうは言っても、万国の介護士のうち、介護のエピソードをブログに綴って大ベストセラーになってしまうなんてことができたのがこの人だけなのだと思うと、やはり完全に奔放な生き方は特別な人間の生き方なのかなと、自分風情はサラリーマンが関の山かなとも思ってしまいます。
もしこれから思い切った行動を起こすとすれば、そのときはこの本のことを思い出すかもしれません。
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