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「億男」川村元気 評価:1点|宝くじで三億円を当てた男が旅の末に気づく「お金」と「幸福」の関係性【マネーエンタメ小説】

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億男
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数々の大ヒット映画をプロデュースしたことで知られる川村元気さんの小説第2作が本作となります。

古くは「電車男」や「告白」といった実写映画でヒットを飛ばし、近年では「君の名は。」や「ドラえもん のび太の宝島」といったアニメ映画に携わったことで名を上げた人物です。

本作も何十万部と売れているとのことで期待して読み始めたのですが、全く期待外れな読書経験となりました。

しかも、単に期待外れではなく結構衝撃的な読書経験でもありました。

というのも、一般に良い小説を書くためにはこれをしてはいけないという事項が本書内では次々と実行され、まさにそういった要素によって本書はつまらない作品となっていたからです。

本当にこの作者は小説を読んだことがあるのだろうか、小説を読んで一度でも感動したことがあるのだろうか、そんな疑いさえ抱いてしまうほどです。

しかし、この作品が世間では受け入れられているのですから、もう小説というものは今後このような形になってしまうのかもしれないという思いもあり、非常に侘しく感じられます。

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あらすじ

弟が残した三千万円の借金を肩代わりした一男かずおは、その返済を行うべく、昼は図書館司書として働き、夜はパン工場で働くという多忙な毎日を送っている。

一男が借金を背負ったことを契機に妻は娘と共に家を出てしまい、いまはパン工場に併設された寮で一人暮らしという寂しい日々。

そんな一男にとっての数少ない楽しみの一つが、娘のまどかと会うことである。

まどか九歳の誕生日を祝う食事をレストランで終え、帰路についた一男とまどかの前に現れたのは福引会場。

一男が当てたのは宝くじ10枚で、それはもちろん、まどかの望んだ景品ではない。

落胆する一男だが、この宝くじが一男の人生を大きく変えることになる。

宝くじは当たっていたのだ。

その当選金額は、なんと三億円......。

感想

まるで説教を垂れるように偉人たちの名言連発から始まる幕明けに辟易したのち、一男とまどかが食事を摂るシーンに移ると本書に対する落胆の度合いは一層激しくなります。

九歳のまどかという少女の人物造形がやけに極端で、作品全体に作り物感が早くも表れ始めるのです。

父親に対して相当程度そっけない態度を取るまではよいのですが、自分たちが貧乏なことを気にして、せっかく父親が予約してくれたレストランで予約済みだったコース料理を勝手に断って「ライス」を注文するのはやり過ぎです。

厳しい家計環境に対して子供が子供なりに気を遣う描写はあってよいと思うのですが、層言った描写を行う際には小説を生々しく迫真的なものにするための絶妙なリアリティバランスを追求しなければ読者は白けてしまうでしょう。

そういった見地において、コース料理を断って「ライス」を注文し、懐から取り出したふりかけの封を切って食べるという描写が出現すると、果たして読者は本書にのめり込むことができるでしょうか。

多くの読者は、所詮フィクションだなと感じるのではないでしょうか。

もちろん、コメディ作品であればそれでよいのかもしれません。

しかし、本書は「お金」を巡る真剣な話であるというコンセプトで語られる物語なのであり、借金漬けだった男が突然に「億男」となったときどう行動するかという生々しさが魅力であるという前提で読者は手に取る本のはずです。

しかし、けったいな娘が出てきて「ライス」を注文し始めた瞬間に多くの読者は本書の出来事を明確に「作り物」の世界で行われる営為だと感じてしまうと思います。

そしてこの、作品世界は現実世界とは完全に切り離されたものなのだという感覚を抱いてしまったが最後、もうその小説に熱中し没入することは不可能でしょう。

作品に夢中になるという現象が起こるとき、それは真の現実を忘却して、いま目の前の作品世界こそ現実なのではないかと錯覚してしまうくらい自己の感覚を作品に奪われていたり、あるいは、良い意味で現実と空想世界とが混合されている感覚に陥るときのはずです。

そうであるはずなのに、本書における登場人物のキャラクター造形や言動、そして描写の数々はなにもかもがわざとらしく、狙ってそうしているのではと思うくらいです。

また、冒頭では例として一男の娘の言動を挙げましたが、一男自身の言動も娘の次くらいには不自然なものです。

時々しか会わない娘との距離感の取り方がわからず、おどおどしてしまう父親を描きたいのは分かりますが、その描き方もコメディ漫画をそのまま切り取ってきたような描き方であり、小説にのみ許された「行間」を使った間のとり方や、間接的な表現で読者に分からせるといった工夫がまるで見られません。

脚本家出身だからかもしれませんが、まるでト書きをそのまま写したような文章が続くので、芸術性屋娯楽性を備えているはずの小説作品を読んでいるというよりは、業務用の文章を読まされているような感覚に陥るのです。

そのつまらなさは折り紙付きで、読んでいて「いったい何を読まされているのだろう」という気分になります。

さて、突然に三億円を手に入れた一男は却って途方に暮れて不安を感じてしまい、大学時代に所属していた落語研究会の親友、九十九つくものもとへ向かいます。

この九十九という男がまた絵に描いたような「変人」でありまして、落語の才能ならば折り紙つきながらコミュニケーション能力や生活力が一切なく、一男の助けなしでは生きていけない人間だという描かれ方をします。

もちろん、こういった人物が現実に存在することは否定しませんし、作中で描かれているように、このような極端な人物が事業で財を成すこともあるという点も否定しません。

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