そして、この台詞には思いやりや優しさなど全く込められていなかったことが読後には分かります。
他者の心を支配する手段として、冷酷非道な魔法よりも、見せかけの思いやりと優しさの方が便利であることをクリスタルウィザードは学んでいた。
だから、クリスタルウィザードは氷漬けの魔法によってではなく、言葉と態度によってスペクトラルウィザードを支配したのです。
とはいえ、そんな絆されやすく依存しがちな自分自身の性格に、スペクトラルウィザードも半ば気づいていたに違いありません。
最終決戦の後、ミサキちゃんのもとにはスペクトラルウィザードからの手紙が届きます。
それは、最終決戦の相手がミサキちゃんだとは露とも知らないスペクトラルウィザードが、友達としてのミサキちゃんに宛てた手紙です。
そこには、スペクトラルウィザードがミサキちゃんを好いている理由として、「ミサキちゃんが正義のために一生懸命頑張るから」と記されています。
「私たちは争いや傷つくことを恐れて自分の信じた正義を追い求めるのを恐れがちだ........心の中では分かっているのに、その声に従えるものはわずかだ」とも記されています。
スペクトラルウィザードの手紙は、スペクトラルウィザードとミサキちゃん双方の性格をずばりと言い当てています。
つまり、スペクトラルウィザードは他人に嫌われるのを恐れるあまり自らの正義を貫けない人間であり、ミサキちゃんは他者からの評判よりも自分自身の正義を大切にする人物。
だから、スペクトラルウィザードはミサキちゃんのことが好きだと。
しかし、ミサキちゃんはそのような性格だからこそ、それが社会正義のためならと、友達であったスペクトラルウィザードを殺害する作戦の決行へと踏み切るのです。
ミサキちゃんがこの手紙を読むシーンは本作屈指のもの悲しく切ない場面になっております。
本筋に関する感想はここまでですが、これ以外にも、他者との関係について含蓄ある言葉や描写が多いのが本作の特長。
「言うことを聞かないと逮捕する」「協力しなければ仕事を失う」。
正義の執行機関であるはずの騎士団が他者の助力を得るためにしばしば使う言葉です。
脅迫されて仕方なく騎士団に協力するファイアーメイジはこのやり方を批判し、「本当に私たちが働くのは仲間や家族のためだ」と論じます。
騎士団はスペクトラルウィザードを仲間や家族として扱わず、いつも脅迫によって動かしてきたんじゃないか、だから、スペクトラルウィザードは裏切ったんじゃないか。
ファイアーメイジはそう推測しているわけです。
脅迫で他者を動かすことにより成り立っている社会/組織という見方は現実を生きる私たちをどきりとさせます。
社会の常識や会社組織の規律を乱せば、あなたは酷い目に遭う。
そんな脅迫の中で私たちは生活しています、
また、スペクトラルウィザードが自分自身の能力について感じる葛藤も面白いものです。
「影」になって全ての攻撃を回避できるという能力では、他者を庇うことができません。
分身する能力やモノを操る能力でスペクトラルウィザードを助けてくれる魔術師仲間たちとは対照的に、スペクトラルウィザードにはいつも孤独な強さがあるだけです。
魔法によってでは誰かの役に立っている感覚を得られないからこそ、スペクトラルウィザードは日常で過度なまでに他者からの信愛や承認を求めてしまうのかもしれません。
加えて、物語中盤以降、スペクトラルウィザードが顔を隠すために被る仮面も面白い効果を発揮しています。
これがあるせいで、ミサキちゃんと邂逅を果たすときもミサキちゃんからはスペクトラルウィザードの表情が見えないんですよね。
裏切ってしまって申し訳ないという表情。
ミサキちゃんに家具を壊されて絶望に沈んでいく表情。
そんな表情が見えないからこそ、ミサキちゃんはスペクトラルウィザードが心の底から裏切ったのだと信じ、残酷な仕打ちをできてしまうという側面もあるのです。
確かな友情を抱きながら、表情というコミュニケーション手段すら奪われているがために引き裂かれていく二人の運命という演出はなかなかドラマチックです。
結論
相変わらず独特な作風で、可愛い絵柄とオフビートな会話のアンマッチが絶妙な味わいを生み出しています。
抵抗がある人には受け入れられないのでしょうが、嵌る人は嵌る作品です。
テーマの普遍性は見事で、演出もなかなか興奮させてくれます。
一方、万民向けではない作風とやや難解な脚本がネックな面もありますので、評価は3点(平均以上の作品・佳作)に留めておきます。
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