クリスタルウィザードは魔法なしにでも他者の心を支配することに長けており、言葉や態度で他者を巧みに操るのです。
まるで魔法のように、現実に存在する手法で相手を操るクリスタルウィザード。
その現実的な生々しさが、本作を文学的作品に仕上げています。
南極にやってきたスペクトラルウィザードを、クリスタルウィザードは温かく迎えます。
冷酷非道であったかつての自分とはうって変わり、いまは思いやりと優しさこそが世界を動かしているのだと信じている。
そうスペクトラルウィザードに語ることで、クリスタルウィザードは自身に対するの疑念を払拭しようとします。
みなしごを引き取って育てているという状況証拠や、魔術師ギルド解散後に自分自身も性格が穏やかになったと自覚するスペクトラルウィザードはその言葉に惹きこまれていきます。
クリスタルウィザードが反乱を起こした真の理由。
実は、騎士団が危険な魔導書を集めて魔法を発動し、世界を滅ぼそうとしているというのです。
かつては魔術師ギルドをテロ組織認定して滅ぼした騎士団が、今度は取り返しのつかないテロを画策している。
いま世界を救えるのは私たちのような魔術師しかいないのだ。
その言葉に押され、スペクトラルウィザードはクリスタルウィザードの一派に肩入れしていくことになります。
ミイラ取りがミイラになるわけです。
途中、かつて魔術師ギルドでの友人だったネクロキネティックウィザードも仲間に加わり、スペクトラルウィザードは魔術師たちの結集に望郷の念に近いような希望を感じ始めます。
しかしながら、スペクトラルウィザードが騎士団の施設を襲い始めるのを見て「裏切られた」と感じるのは騎士団の側です。
特に、魔術師ギルドが解散してから孤独な生活を送っていたスペクトラルウィザードの、たった一人の友人だったミサキちゃんはスペクトラルウィザードの裏切りに衝撃を受けます。
ただ、ミサキちゃんは正義感が非常に強い人物、
友情よりも職業上の倫理を優先し、葛藤を振り切ってスペクトラルウィザードとの対決を決意します。
最終決戦において、「影」になることであらゆる攻撃をすり抜けることができる無敵のスペクトラルウィザードへの対抗策をミサキちゃんは用意します。
それは、スペクトラルウィザードの自宅から様々な家具を盗み出しておき、それを一つ一つスペクトラルウィザードの前で壊していくという作戦です。
「影」になっているあいだ、精神的な安定を保てていなければ、スペクトラルウィザードは「影」になったままシャドウの世界に行ってしまい二度と戻ってこられなくなる。
騎士団はそんな研究を古い資料から発見し、それではお気に入りの物を目の前で壊せばいいだろうという発想に至るのです。
以前、お気に入りのぬいぐるみを奪うことでスペクトラルウィザードを動揺させたミサキちゃんならではの経験がこの作戦には反映されています。
案の定、目の前で家具を壊されていくことにより、スペクトラルウィザードの精神は崩壊していきます。
しかし、それはお気に入りの家具が壊されて悲しいからではないのです。
何があっても友達だと信じていたミサキちゃんが自分の前に立ちはだかり、それらの家具はスペクトラルウィザードにとって大事なものだと分かっていて、それを敢えて自分の前で壊し続けるという行為に及んだこと。
それがスペクトラルウィザードにとって悲しいことだったのです。
「影」の魔法により常に最強無敵の地位にいたスペクトラルウィザード。
彼女が持つ唯一の弱点は「他社への精神的依存」であり、他者に支配されやすい性格だったのだと思います。
魔術師ギルドが解散してしまい、仲間と離れ、スペクトラルウィザードがなにもかものやる気をなくしてしまって怠惰な日々を過ごしているというところから前作は始まりました。
あれほど熱心に行っていた魔術の研究に対してもやる気が湧いてこない。
仲間がいないとやる気が湧いてこないというスペクトラルウィザードの心理は、他者に強く依存しているといえます。
スペクトラルウィザードは、自分では好きで魔術研究をしているつもりでも、本当は魔術師ギルドやそこにいる仲間が好きで、仲間内で認められたいという動機で魔術研究をしていたのでしょう。
ミサキちゃんと出会って以降は、ミサキちゃんにへの依存を深めていきます。
前作から今作の冒頭にかけて、スペクトラルウィザードはいつもミサキちゃんに絆されることで自分の行動を決めています。
魔術師なのに騎士団に協力することも厭いません。
しかし、本作ではクリスタルウィザードとの出会いがあります。
彼女に優しくされ、さらなる仲間も用意されて、スペクトラルウィザードの心理はクリスタルウィザードに依存していくことになります。
そして、強力な魔法を使えても自分自身としての芯がないスペクトラルウィザードは、クリスタウィザード側に味方しながらもミサキちゃんには友達だと思って欲しいという矛盾する二重依存の状態に自分を追い込んでしまいます。
そんな他者依存と承認欲求に溢れた精神性により、スペクトラルウィザードは最終決戦に敗北してしまうのです。
序盤、「この世界を動かしているのは思いやりと優しさ」だとクリスタルウィザードはスペクトラルウィザードに述べます。
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