第8章では、本著刊行当時に台頭してきていた「サービス業」や、ポスト工業化時代の新しい職業について論じられます。
ドイツ、スウェーデン、アメリカの比較がメインなのですが、アメリカでは低賃金重労働が主の「ジャンク・ジョブ」が増える一方で、管理職や専門職、「ポスト工業化」的な職の数も順当に増えており、また、そういった部門への女性の進出が際立って成功していることが著者によって強調されます。
スウェーデンでも女性の就業は増えているのですが、医療・教育・福祉・社会サービスと言ったいわゆる「ピンクカラー」が多いということ、そして、製造業中心の経済に留まるドイツでは雇用そのものが減少しており、女性の労働市場からの退出によってそれが調整されているというデータが示されます。
これらの差異も各国の福祉国家ぶりの差異に還元できるという論理はなかなか強力で本書の力強さを下支えしております。
第9章は第6章から始まった第Ⅱ部のとりまとめ的な章であり、上述した雇用構造の変化や「ポスト工業化社会」が福祉国家に与える影響、福祉国家がどのようにこれから振舞っていくかについての示唆的な論述がなされます。
アメリカについての論考はいまのアメリカの様相を的確にとらえているように思われますし、ドイツに関する論考はむしろ日本に強く当てはまっているように思われて一読の価値ありです。
総合的な評価としましては、確かに、政治学系の本を読みなれた人間にとっては当然の文脈過ぎて真新しい発見というものはあまりないかもしれません。
しかし、多くの学術書で引用されていることからも内容を知っていて当然の本でしょうし(これこそ「教養科目」として学部の1~2回生で読ませればよいと思うのですが)、民族の云々や精神論・文化論に依拠せず「普遍性」を目指して各国の違いを語っていく著者の書きぶりはアカデミックな議論とはこうあるべきという模範を示していると思います(若干、スウェーデン及び社会民主主義への肩入れがあるような気もしますが)。
逆に、あまり政治学の本に接したことがない人にとっては、「保守主義」や「コーポラティズム」といった単語が注釈なしに用いられていることが難解に感じるかもしれません。
政治学以外の文脈からこの本にたどり着いた人は一度、政治学の入門書の該当ページだけでも読んでみると政治学への興味が湧くかもしれません。
そして、日本に所縁のある立場からすれば、「果たして日本はどのレジームなのか」ということが最大の疑問でしょう。
著者は保守主義と自由主義の折衷(やや保守主義が強い)としており、本書冒頭の「日本語版への序文」では日本の福祉国家としての立ち位置の要点が簡潔に纏められているため、これを読むだけでも価値があります。
政府の社会的支出が非常に小さく(ここは高齢化で変わってきているかもしれません)、福祉制度は極めて残余的で、介護や教育を家庭が一手に担っており、企業からのフリンジベネフィットが異様に大きく、それでいて(極めて低い社会的支出・家庭にばかり依拠した教育・企業の重い福祉負担にも関わらず)、完全雇用と高水準の教育、低い犯罪率、低水準の貧困と社会的排除を達成した(いまとなっては過去形の方がいいですね)。
この究極の均衡が時代の徒花になりつつある現在、日本がどのような方向に進んでいくのかは注目に値するでしょう。
自民党の政策は伝統的に保守主義と自由主義の党内綱引きによって決められている感がありますが、ここに社会民主主義的要素が入って来られるのか、それとも、綱引きの一方が強くなっていくのか、「三つの世界」のフレームワークが頭にあると、こういった見方ができて楽しめるでしょう。
また、個人的な感想ですが、近年の「働き方改革」の流れは見ていて面白いなと感じます。
具体的な制度には一切手を付けず、追加的な支出の増大・削減を伴わず、企業への「要請」と世間へのアナウンスメントで労働時間を減らそうとするやり方。
特に大企業は真に受けて色々やっているようですし、マスコミもNHK含めこぞって肯定的に報道し後押ししています。
こうした「号令国家」が機能しているメカニズムは何だろうと考えてしまいます。
コーポラティズム感もありますが、それだけでインセンティブの説明はつかないような。
この動きがひと段落した後にどのような研究が出てくるのか楽しみです。
結論
各国の社会保障・福祉政策の違いについて、「政治学的に」理解したいのならば必読の一冊。
福祉国家のあり方も様々に変容しておりますし、中国やインドなどの台頭もある中で決して民主主義×福祉国家の組み合わせだけに射程を置くことは今日的議論ではないかもしれませんが、「当時斬新だった」のは間違いなく、まだ「現代の古典」であることも間違いありません。
ちなみに本書の表紙ですが、北米の部分に「自らの手でミルクを飲む赤ちゃん」が重ねられているのが個人的にはツボです。
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