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教養書 「戦争の世界史」その1 ウィリアム・H・マクニール 星3つ

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戦争の世界史
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さらに、十三世紀にはクロスボウが普及して騎士戦術はますます不利になっていきます。

そうして、経済的優位に立ち、防衛的な意味では軍事的な優位も確保するイタリア諸都市は繁栄を謳歌しますが、豊かになるにつれその軍事態勢にも変化が訪れます。

商業都市としての繁栄に伴い、都市国家の富裕層は商業活動に忙殺され、自ら軍役を負うことが煩わしくなっていきました。

そこで、傭兵を雇用して都市の防衛を任せるようになっていきます。

すると、傭兵文化が発展していき、傭兵たちにいい武器を供給するために軍事産業の市場が活況を呈し、技術競争も熾烈を極めていきます。

商人たちが傭兵に資金を供給し、それが武器需要を創出しているのがポイントで、これにより武器市場は買い手である傭兵たちと売り手である武器職人や武器商人の立場が対等な自由市場として発展していきます。

とはいえ、イタリア諸都市の繁栄も永続的なものとはなりません。十五世紀あたりから火薬の改良が進み、それを使用した大砲の技術が発展していきます。新式の大砲は主にイギリスやスウェーデンで製造され、ヨーロッパ各地に普及していきました。

その結果、クロスボウと甲冑の製造に長けていたことで優位を確保していたイタリア職人たちの地位は低下し、さらに、城壁をいとも簡単に崩せる大砲の登場が西ヨーロッパや北ヨーロッパの大規模君主国家の力を強め、イタリアの都市国家や中小領邦の力を弱めていきます。

しかし、イタリアの都市国家も指をくわえてこの惨状を見ているわけではありません。

堀と土塁を使った画期的な築城法が十六世紀のイタリアで開発されると、ヨーロッパ世界では再び防御側が有利になっていきます。

この後、ハプスブルク家のスペインが、パイク兵・重装騎兵・マスケット銃歩兵の混合部隊運用を確立して野戦ではヨーロッパ世界最強の地位を手に入れますが、それでも、城壁に立て籠もる戦術の有効性が綻びることはなく、全ヨーロッパ的覇権を確立するには至りません。防御側優位による均衡がヨーロッパ世界に訪れるのです。

なお、イタリア式築城術が発展しなかった地域では、火薬大砲の圧倒的威力が古い軍事戦術を一掃することで広大な「火薬帝国」が出現します。ムガル帝国、モスクワ大公国、オスマン帝国がそれにあたります。ひとたび大砲の量産技術を確立・独占し、大量の大砲を得てしまえば、地域最強国家の地位はゆるぎないものとなったのです。

ただ、そういった圧倒的かつ安定的な地位を得てしまったそれらの国では、軍事技術の競争が頭打ちになっていきます。

その一方で、ヨーロッパでは城砦を崩すための大砲改良努力が続いていきます。この差が、ヨーロッパ世界とそれ以外の世界との圧倒的軍事力差に繋がっていくのです。

また、スペイン、ポルトガルを中心に、オランダ、イギリス、フランスが続くヨーロッパ諸国による海洋進出もこの頃に始まります。強力な大砲を備え付けたヨーロッパ船は城砦なき海上で無類の強さを発揮し、各地で海上支配を確立していきます。

そして、中国の場合とは異なり、この海洋進出の勢いは不可逆的に激しさを増していきます。

それは、海洋進出事業そのものが民間・半官半民・国営の各組織による競争であり、国家間の競争でもあったからです。

株式を発行して航海資金を集め、無事に帰投すれば交易品や掠奪品による利益を株主に配当するというビジネスに明け暮れる民間航海家と投資家たち。

私掠船や民間船に出資し、他国からの略奪や交易によって利益を得る王侯貴族たち(イギリスのエリザベス女王が有名ですね)。

他国の掠奪から自国の拠点や自国船を防衛するため、そして自国拠点を拡大するためにの航海事業へと乗りだす国営企業たち。

その激しい競争がヨーロッパ諸国の海外支配を強める動機になっておりました。

さて、ヨーロッパ内の相互戦争に海洋進出と、ヨーロッパの王侯貴族たちも資金や産業製品を大量に必要とする立場だったのですが、それではなぜ、資本家たちに重税をかけたり、都合のよい価格で製品を買い上げたりしなかったのでしょうか。

それは、官僚組織があらゆる側面で全国的支配を握っていた中国とは違い、ヨーロッパにおいては、国家間や地域間の争いによって一部の王侯貴族が全てを支配することができていなかったからです。

資金調達のため、ヨーロッパの王侯貴族は富豪の商人から借金をしておりましたが、商人たちは誰にどれくらい資金を貸すか選ぶことができました。

また、武器の調達も海外から行われることが多く、有力な領邦国家に属さず、それゆえに市場の自由度が高いネーデルラントが武器製造・流通拠点になっておりました。

買い手である王侯貴族たちのあいだで購買競争があり、支配地域外の物品購入は市場価格で行わざるを得ず、地域内だからといって下手なことをすると職人や商人が他の国や地域へと逃げてしまう。

そんな仕組みが買い手と売り手を比較的対等にしたため、軍事産業の市場は際限なく拡大し、その技術は無限の向上を見せたのです。

4. 感想

中国であれ、欧州であれ、その他の地域であれ、中世くらいまでは武器の自然な世代交代によって勢力図が入れ替わっていったものの、それ以降は軍事技術・軍事産業の発展速度そのものが社会経済の在り方によって規定されていくという流れが面白かったですね。

一時は運河による自由市場の物理的な拡大によって繁栄を見せた中国が、官僚主体の「指令経済」によって行き詰まりを見せ、逆に、狭い地域の中で大量の国家領邦がひしめき合うようになったヨーロッパでは「指令経済」の出る幕がなく、王侯貴族さえ自由市場に否応なく巻き込まれ、それが却って軍事技術の発展を促していく。

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