1. メアリと魔女の花
スタジオジブリ出身で、新しくスタジオポノックを立ち上げた米林昌弘監督の作品。ジブリでは「借りぐらしのアリエッティ」「思い出のマーニー」を監督しています。
スタジオポノックの初作品ですが、巷で言われているジェネリックジブリという評判通りの、無難でそこそこ楽しめる作品でした。
2. あらすじ
とある夏の日、大叔母であるシャーロットの家に引っ越してきたばかりの少女、メアリ・スミスは退屈していた。暇つぶしに大叔母や庭師の仕事を手伝おうとするも失敗ばかり。
失意のメアリに、大叔母は近所の少年ピーターへのお使いを頼む。
道中、ピーターの飼い猫であるティブとギブを追って森に入ったメアリは、そこで青く輝く不思議な花を見つける。
それは大きな魔力の源である花、「夜間飛行」だった。
「夜間飛行」の力を手に入れたメアリは箒に導かれ、魔女の最高学府である「エンドア大学」にたどり着いてしまう。
エンドア大学の学長、マンブルチュークに手厚く歓迎されるメアリだったが、このエンドア大学では恐ろしい実験が行われており......。
3. 感想
ジブリの量産型とでも呼ぶべき作品。雰囲気としてはトトロや魔女の宅急便のようなほのぼのした作品に近いものです。それでは、どのように量産型かと申し上げますと、それは演出面と物語面が挙げられると思います。
まず演出面では、全体的に「廉価版」という感がありました。
一枚絵とカメラの動きだけという、細部まで動作を書き込んでくるジブリの作品には見られないような、俗にいえば「安上り」な部分も多く、また、音楽にも際立って刺激的な、誰もの耳にずっと残り続けるだろうなというものはありません。
もちろん、これらは映画としては悪い面でありますが、あくまで劣るのはジブリと比べればであって、通常のアニメ映画と比べれば申し分ない出来です。
大量の制作費と時間を投じて、大ヒット以外は大赤字というジブリ方式から離れ、毎年、安定的に収益を上げられるような構造にしたいという思惑の表出と見ることもできるでしょう。
次に物語面ですが、実に予定調和な物語だったと言えるでしょう。
少女が勇気と知恵で悪者を懲らしめるという王道ストーリーで、ジブリのような哲学的な側面や深読みはほとんどありません。子供向けの定番アニメを目指すうえでは方向的に正しいのでしょうが、ただ、それにしても単調だったと思います。悪役は本当に単なる悪役でしたし、伏線もほとんどなく、情報が明かされる順番も実に順当なものでした。
序盤では、主人公の「誰からも認められない葛藤」的な演出もあったのですが、そういった内面的な苦悩にもほとんど触れられることなく、夏の冒険ものとしては「成長」をあまり感じられなかったのもネックです。
過去の魔女界の話や大叔母の正体もとってつけたような設定になっており、なんの意味もなく「大叔母も昔、魔女だった」ではご都合主義でしかありません。
そんな中でいい味を放っていたのはフラナガンさんでしょう。口うるさい箒小屋の老番人であり、随所でメアリたちを助けます。
学長と教授という二人の悪訳が大学を仕切る中で、箒を飛ばす指導ができるのにもかかわらず閑職に追いやられているフラナガンさん。頑固一徹で曲げられない性格が災いし、二人の邪な計画に反対してしまったのかもしれません。
物語後のエンドア大学はきっと、この人が仕切っていくのでしょう。そんな想像力を働かせられる、大人の世界の哀愁を背負った登場人物でした。
総合的には、ジブリの後継者にはなれないでしょうが、新しい定番の一角になれる潜在能力はあると感じました。
子供向けのアニメといえばドラえもんやクレヨンしんちゃん、ワンピースにコナン(こちらは大人にも人気ですが)、ポケモンに妖怪ウォッチ(もう落ち目かもしれません)と、ルーツの古い作品や、かなり騒がしい作品が多いのが現状という中、童話的で落ち着いて観賞できる点は魅力的で差異化されています。
このような映画が定期的に制作されれば、定番アニメ映画の陣容は厚みを増すでしょう。
本作程度のクオリティで作り続けられれば、「スタジオポノック」は受け入れられていくのではないでしょうか。
ところで、あまり本筋には関係のない疑問なのですが、花の名前を「夜間飛行」にするのはミスではないかと思います。
制御できない危険な力に魅せられて邪悪な面に堕ちてしまう学長と教授を悪役にする物語の中で、「人間に支配できない領域はない」と力強く訴えるこの小説の名前を付けるのはよくないでしょう。
ほとんどの人は気にしないといえばそうですが、そいったところにも「おっ」と思えるような仕掛けがあると、真に老若男女が楽しめる映画になるのではないでしょうか。
お子さんがいるならば見に行っても(お子さんにとって)損はしないでしょう。

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