もちろん、ゲーム関連企業がその生主とタイアップして何かを行うということもなければ、自分のグッズを売れるということもなく、生主たちはただひたすら、視聴者からのレスポンスや視聴者とのコミュニケーションを求めて趣味的に活動していたのです。
とはいえ、趣味的な活動といっても、何らかしら将来に繋がる可能性がある活動もあるでしょう。
スポーツや音楽、美術の世界というのは、それ一本で食べていくことが難しいにせよ、その能力を活かせば就職に有利だったり、社会において他者からの評判を獲得するのに役立ったりします。
しかし、ここから②の話に移るのですが、生主の社会的評判は決して芳しいものではありませんでした。
当然、世の多数を占める一般人から見れば、奇声や罵声、嬌声をインターネット世界に向けて発しながら一日中ゲームをしているなんて狂人のすることでしょう。
「生主やってます」と言っても首を傾げられるのはもちろんのこと、その活動内容を説明すればするほど気持ち悪がられるだけだったに違いありません(だからこそ、親しくもない他人に生主をやっていると打ち明ける生主はそうそういなかったでしょうが)。
また、ニコニコ動画や2ちゃんねるといった生主を取り巻く界隈でも一般的に生主の評判はあまり良いものではありませんでした。
引きこもり、社会不適合者、不登校、障がい者。
インターネットが舞台ということも相まって、そういった類の言葉が悪意をもって投げかけられていたのです。
だからこそ、将来の就職等に繋がる活動だとは誰にも思われなかったですし、生主本人たちもそう思っていなかったでしょう。
むしろ、履歴書にはとても記載できない趣味、空白期間のような経歴になるだろうというのが大方の見立てだったに違いありません。
しかしながら、現実には、いま彼/彼女らは人気Vtuberとして、エリートサラリーマンを遥かに超える巨額の収入を得ています。
人気Vtuberのほとんどは「ホロライブ」や「にじさんじ」といった有名Vtuber事務所に所属しており、厳しいオーディションに合格して事務所のバックアップと有名事務所所属の肩書を得てVtuberデビューを果たした面々です。
いまや、Vtuber業界において有名事務所のバックアップを受けない「個人勢」が活躍できる余地はほとんどなく、この有名事務所入りできるかどうかが人気者への第一歩を踏み出せるか否かの鍵となっております。
そして、昨年頃から顕著なのですが、もはや有名事務所からデビューするVtuberは元生主ばかりになっています。
推測になりますが、その理由は、生主であれば生配信で人気を得る方法を精通しているだろう、安定して収益を稼いでくれるであろうという思惑が事務所側にあるからだと思われます。
だからこそ、オーディションにおいては生主としての実績がモノを言っているのでしょう。
つまり、まさに本記事のタイトルの通り、ニコ生での配信経験が履歴書上での「実績」として燦燦と輝く時代が訪れているのです。
まるで、プロ野球から見た甲子園常連校や東京六大学野球での実績・経験のように、プロサッカーから見たJリーグのユースチームでの実績・経験のように、有名Vtuber事務所はニコニコ動画における生主の実績・経験を見ているのです。
経験豊富な元生主による配信が事務所の価値を高め、事務所の価値が高まれば優良な配信経験者がもっと集まってくる。
そんなサイクルを構築したいVtuber事務所たちが、その界隈では名を馳せていた元有名生主たちを奪い合っている状況なのです。
こんな未来を、いったい誰が予測できたでしょうか。
このような状況を観察しながら、私はふと思ったのです。
何でもいいから、自分のやっていることや好きなことをインターネット上で発信する。
そのことに十代の時間を費やす価値が、恐ろしいほどに高まっているのではないかと思うのです。
4. 十代の過ごし方に革命が起きる?
現代社会において、十代はキャリアの中で自己研鑽の時期だと見なされています。
特に中学・高校においては勉強や部活に励み、知識を蓄え心身を鍛えることが重要である、というのが従来からの価値観であるといえるでしょう。
勉強をすることで良い高校・大学に入り、その学校名を履歴書に書くことでいい企業に入る。
加えて、運動部や体育会系の部活に入っていたとなるとさらに良い。
こういった考え方が主流派の価値観であることにまだ変わりはない状況です。
もちろん、資格取得に励み、その資格を履歴書に書くことで優良就職先への就職を試みる学生も多いでしょう。
看護師や幼稚園教諭になるための専門学校や短大もそうでしょうし、大学や大学院で取得する弁護士資格や公認会計士資格もそれにあたります。
つまり、十代のうちに「将来を見据えて」行うべきことは、履歴書の「学歴」や「資格」欄に記載できる項目の数や質を増やすことだとされているわけで、それ以外では、スポーツや芸術の技能を磨くとで他者から見た社会的洗練度のようなものを上げておくことが肝要とされているわけです。
しかしながら、上述した「生主」たちのやり方はその真逆を行っていると言っても過言ではありません。
自分の趣味である「ゲーム」や「雑談」をインターネット上で公開して行うだけ。
その場で視聴者からのレスポンスを受けて自分が反応することでそのエンターテイメントとしての質は上がっていくのかもしれませんが、それでも、上昇する能力は「ゲーム」や「雑談」といったジャンルにおける能力だけです(しかも、プロゲーマーやお笑い芸人にはなれない程度)。
それでも、彼ら/彼女ら(の一部)はそんな経験を「実績」として有名Vtuber事務所所属のプラチナチケットを掴み、スターダムを上がっていっている。
「ゲーム」や「雑談」といった、自分の趣味をインターネット上に晒していたかどうかという違いが、そこで決定的になっている。
数々の「日常系YouTuber」が人気を得ている現状も踏まえますと、自分が日常で何かを漫然と楽しんでいたり、ぼんやりと悩んでいる姿を、なんでもよいから公開しておくこということが、偶発的に「実績」となる可能性が非常に高まっているのが現状なのだと思います。
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