第2位 「山月記」中島敦
【人生の悲哀を簡潔に描いた高校教科書掲載の名作】
・あらすじ
李徴は若くして官吏登用試験に合格。
新進気鋭の若手官僚となるも、その地位に満足せず職を辞し、山に籠って詩作の道を歩むことにした。
しかし、詩作では名を上げることができず、次第に窮乏していく。
ついに李徴は発狂し、ある夜、訳の分からないことを叫びながら山中に消え、以来、人里に姿を見せなくなってしまう。
そしてある日、袁傪という官僚が供を引き連れて道を歩いていたところ、叢から一匹の狼が躍り出てきた。
狼はあわや袁傪に襲いかかるという素振りをしながらも身を翻し、叢に帰っていく。
叢から聞こえる「あぶないところだった」という人間の声。
咄嗟に思い当たった袁傪が「その声は、わが友、李徴子ではないか?」 と叫んで問いかけたところ......。
・短評
思春期の心も中年の心も深く抉ってくる名作です。
李徴は「自分の中に虎がいた」という旨の発言を作中でいたしますが、本作を読んで影響を受けた人間は以来ずっと「自分の中の李徴」を意識してしまうのではないでしょうか。
そんな「虎」が象徴する「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」は実に普遍的なレベルで、極めて的確に人間心理を表現した名句だと言えるでしょう。
また、大人になると李徴の話を聞いていた袁傪の心情を汲み取りたくなるものです。
作中で袁傪の立場や心情が詳細に述べられることはないのですが、上の命令ににへつらう賤吏になることを嫌って職を辞した李徴のカウンターパートとして登場するのですから、きっと、官吏登用試験に合格しながらもその先で待っていたのは上司に顎で使われ理不尽で不合理な命令をこなす職場であり、そんな職場に義を曲げてでも甘んじているのが袁傪なのでしょう。
そんな袁傪だからこそ、もしかすると、李徴のことを立派な人間だと思ったのではないでしょうか。
私たちが教科書を読んで初めて「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」という言葉で自分の中にあるもやもやとしたものをはっきりと言語化されて衝撃を受けたように、 袁傪もまた、このとき初めて真理を端的に言い当てるその名句に衝撃を受けたのではないでしょうか。
だからこそ、最後のシーンで袁傪が見せた涙には、旧友との永遠の別れを悲しむ気持ち以上のものがあったに違いありません。
教科書に掲載されていた作品であり、小説が好きな方であれば既に印象深く心に根付いている作品かと思いますが、だからといってランキングから外すには忍びないため実直な評価のもとで2位としております。
コメント