1. 人生の短さについて
ローマ帝国時代に活躍したストア派哲学者、ルキウス・アンナエウス・セネカの著作。
人生論とでも銘打つべき随筆であり、過激な衝動を抑え、理性によって生きるべきだというストア派哲学の思想を基盤としつつ、「よい生き方」とは何かが語られております。
とはいえ、その内容は現代の自己啓発本と比しても凡庸というレベル。
随所に顔を出す面白い表現に感心させられることはありましたが、特段に斬新で心に響く書籍というわけではありませんでした。
2. 目次
章分けなし。
岩波文庫版では、表題作「人生の短さについて」のほか、「心の平静について」と「幸福な人生について」を収録。
3. 感想
「人生の短さについて」というタイトルに反し、本書におけるセネカの主張は「人生は本来、十分に長いものだが、多くの人々は人生の時間を浪費してしまうため人生を短いものだと感じてしまっている」というもの。
古典にしてはなかなかタイトルの付け方が上手いですよね。
「人生の長さについて」なんてタイトルにするより、よほどキャッチーで煽り文句としては優秀だと思います。
そして、本書の主旨はもちろん、「人生は本来、十分に長いものだが、多くの人々は人生の時間を浪費してしまうため人生を短いものだと感じてしまっている」とセネカが主張する理由にあります。
それは、政治や商売、遊戯や快楽といった事柄に時間を費やして身体や精神を摩耗させた結果、自分が本来行うべきこと、つまり、平静な心で自分なりに真理を追究することのために使える時間がほとんどなくなってしまうということ。
確かに、働いているときはもちろん、遊んでいるときでさえ、私たちは「時間が足りない」と感じてしまいがちです。
いつかこの生活が終わる、そうすれば自由な時間が来る。
そんな妄想を支えに日々の煩雑でストレスフルな業務をこなしていると、歳月は光陰矢のごとく過ぎていく。
あまつさえ、仕事に邁進した結果として望んでいた地位や社会的に認められるような地位に就いたとしても、やはり、その地位に纏わりつく無意味な義務や形式的な行事のために、いつしかその地位を「我慢しながら」維持するようになってしまう。
仕事として行うべきこと、あるいは、社会的地位に纏わりついてくる義務というものは、得てして他人のために何かをする行動です。
それも、他人に対して反論したり、他人同士の争いを仲裁したりというもの。
そんあことに時間を費やしていたら、なるほど、確かに自分のための平静な時間は永遠に得られなくなってしまいます。
このあたりの主張は、日本のサラリーマンによく響くのではないでしょうか。
そして、セネカが言うには、仕事だけでなく、遊びについてもそうであるとのこと。
多くの遊びというものは、自分以外の物や人間に自分自身の心理が翻弄されることに他ならないとセネカは説きます。
酒に溺れたり、性欲解消の手段を追い求めたり、闘技場でのイベントに熱中してしまったり。
そんな状態にあるとき、人間は自分自身をコントロールできておらず、物や他人に操られているのです。
酒を求める自分、性欲解消手段を求める自分を制御できず、それらを入手するために人生の貴重な時間を浪費してしまった経験は誰しもにあるのではないでしょうか。
また、これは賛否両論あると思いますが、セネカが言うには、闘技場のイベント(現代ではライブなどにあたるのでしょうか)を「心待ちにしている時間」もまた無駄な時間だとのこと。
その日まで時間をスキップできればいいのに、なんて思って過ごすこともまた時間の浪費だというのです。
そうやって、仕事や遊びを通じて自分の人生の時間を極端なまでに他人に差し出しているのが世の中の凡人たちであり、そういった人々こそ、いつも「時間がない」と嘆いているとセネカは指摘します。
人間関係の魑魅魍魎が渦巻き、煩雑な調整業務に神経をすり減らさなければならない仕事から逃れ、単純な快楽を求める心理を抑制して俗な遊びからも離れることで、平静で穏やかな精神状態を保てるような時間をより多く確保すること。
その時間を使って、人生で本当に成し遂げたいことに邁進すること。
それこそが与えられた長い人生でやるべきことであり、そういう意識で人生を生きれば時間不足などあるわけもなく、「人生は短い」なんて思いながら日々を過ごす心配がなくなるとセネカは言うのです。
自己啓発本としては平凡な内容だとは思いつつも、文字にして読んでみるとやはり身につまされます。
給料のために従事するような仕事の大半は「人生でこれをやりきったぞ」と思えるようなことではないですし、単調な快楽しかもたらさないような遊びもまた同様です。
どっしりと構えて何かを深く探究し、自分はこれをやり遂げたのだと胸を張って言えるようにする。
そのための時間を確保することが、行動の根本にならなければならない。
仕事のために遊び、遊びのために仕事をしていては、永遠に「時間がない」という観念に苛まれてしまう。
それは確かに、そうなのでしょう。
私もサラリーマン業務や世間の流行りごとには虚しさを感じるタイプなので、実に共感できます。
この「人生の短さについて」はただそれだけのことを言うために書かれた随筆であり、本来は数行で済んでしまう内容なのですが、セネカはこの端的な持論を補強するため、様々な例え話をします。
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