第1位 「青が散る」宮本輝
【青春の全てが詰まった現代純文学の最高傑作】
・あらすじ
主人公の椎名燎平は大阪府茨木市に新設された私立大学の一期生。
入学手続きのために大学事務局を訪れた燎平は、そこで一人の新入生と出会う。
彫りの深い、人目を魅く顔だちをしているその女性の名前は佐野夏子。
燎平は彼女に一目惚れしたのだった。
そして始まった大学生活。
燎平の周囲には様々な人間が集まり、燎平は様々な事件に巻き込まれていく。
初日に出会い、一緒にテニス部を創部することになった金子慎一とのあいだに結ばれる篤く若々しい友情。
高校時代には関西ジュニアのチャンピオンに輝くも、精神病を患って一時はテニスを引退、燎平と金子が立ち上げたテニス部にて復帰を果たす安斎克己が辿る数奇な運命。
新設されたテニス部における数少ない小学生からの経験者であり、夏子よりも美人ではないが、夏子よりも男たちを惹きつける女性、星野祐子が持つ魅力に打ちのめされていく男子部員たち。
燎平に「覇道のテニス」を説いて燎平の強さを引き出していく同級生の貝谷朝海、野球の道を諦めてフォークソング歌手としての大成を目指す「ガリバー」が歌い上げる哀愁の歌声、恋敵として燎平の前に立ちはだかる田岡幸一郎。
散りゆく青春が放つ、最後にして最大の輝きがここにある。
・短評
こんなにも面白くて感動的な小説があるのかと驚いてしまった作品です。
椎名燎平という青年の、四年間にわたる大学生活の軌跡を描いた作品なのですが、まさに青春小説のお手本にして最高傑作と呼ぶに相応しい逸品となっております。
テニスと恋愛を中心としたエピソードが連なりながら物語を形成していく、半ば連作短編的な構成になっているのですが、一つ一つのエピソードに凝縮されている青春の歓喜と哀切が非常に濃密であり、読んでるあいだじゅう感情を揺さぶられ続けてページを捲る手が全く止まらないほどです。
隅から隅まで美点ばかりで「短評」に感想を収めることは難しいのですが、本作の魅力は青春が持つ「情熱」と「哀愁」の全てを表現しきっている、という点でしょう。
婚約者のいる男性と駆け落ちしたヒロインを主人公の燎平が志摩の海岸まで追いかけるエピソードを筆頭に、どの恋愛も一筋縄ではいかず、胸がぎゅっとなるような人間の生々しい情感がそこにはあります。
憧れの情勢に振られた友人と一緒にやけ食いをするエピソードなんかも、下手にコメディ風を装うことなく、そこに流れる陽気さと哀愁を絶妙な割合で併存させています。
また、本作は恋愛とテニスが物語の二本柱となっているのですが、テニス側のエピソードも胸を震わせるものばかり。
退部をかけて実力的には格上の後輩と燎平が部内戦を行うエピソードをはじめ、テニスの練習や試合の様子を描きながら、単なるスポーツ描写となっているような場面はなく、人生とは何か、生きるとはどういうことなのか、という問いに対して何とか応えようとする若者たちの勇姿が常に表現されているのです。
また、主人公以外の登場人物たちも非常に魅力的で、それぞれに見せ場となるエピソードがあるのも本作の素敵な側面になっております。
特に気に入っているのは、素晴らしいテニスプレーヤーでありながら、持病である精神病との闘いを続けている安斎克己を巡る物語。
天から与えられた圧倒的なテニスの才能で主人公たちを慄かせながらも、天から与えられた精神病がいつも彼の身体をテニスコートから引きずり降ろそうとする。
人間の人生が持つ悲哀がせつなく描かれ、安斎と主人公たちとの友情がとても温かく描かれる。
ここでも、本作が持つ、青春の全てを描く密度とバランス感覚が発揮されています。
そして最終盤、燎平の恋が叶うのか否か、という場面ではもうドキドキが止まりません。
本ブログで紹介した中では、カズオ・イシグロの「日の名残り」と並ぶ小説界の大傑作。
これを読まずに死ぬなんてあまりにも勿体ない、こういった作品に出合える可能性があるからこそ明日を生きようとまで思える、そんな物語です。
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