19世紀後半から20世紀前半にかけて活躍した心理学者、アルフレッド・アドラー。
その心理学理論を物語形式で紹介する自己啓発本です。
2013年の12月に発売されて以来、長らく人気書の地位を保持し続け、2014年にはビジネス書の売上ランキングで2位を、2015年には1位を獲得するなど、一斉を風靡した書籍となりました。
心理学といえばフロイトやユングが有名ですが、アドラー心理学は彼らの理論と一線を画しており、良く言えば斬新、悪く言えば突飛な理論が連発されて幾度となく読者を驚かせます。
例えば、過去のトラウマが現在の感情及び行動の理由となっている、という心理学では定番の因果関係をアドラーは否定します。
それでは、現在の感情や行動を形作っているのは何なのか。
アドラーに言わせてみれば、それは「目的」です。
つまり、「怒っている人が怒っているのは『怒りたい』という目的(あるいは『怒る』ことによって得られる何らかの目的物)があるからであって、『怒り』を感じる以前に発生した出来事に原因があるわけではないというのです。
なかなか受け入れがたい主張かもしれませんが、このような主張の数々が説得的な理由づけと一緒に展開される点が本書の面白い部分となっております。
そんなアドラーですが、心理学者として異端扱いされているのかといえばそうではなく、欧米ではフロイトやユングと並ぶ三大心理学者の一人としてよく知られているそうです。
その証拠に、デール・カーネギーの「人を動かす」や「道は開ける」、スティーヴン・コヴィーの「7つの習慣」といった著名な自己啓発本もアドラーの思想に影響を受けていると本書は指摘します。
一風変わった主張ながら、現代での「生き方」指南に強く影響を与えている心理学理論。
個人的な感想としても「確かにそうだな」と思わせられる部分が多く、想定していた以上に良質な読書体験となりました。
目次
第一夜 トラウマを否定せよ
第二夜 すべての悩みは対人関係
第三夜 他者の課題を切り捨てる
第四夜 世界の中心はどこにあるか
第五夜 「いま、ここ」を真剣に生きる
第一夜 トラウマを否定せよ
ある人の現在の行動には、その人の過去が影響を及ぼしている。
フロイトやユングといった著名な心理学者の理論としてはもちろんのこと、心理学に関心がない多くの人々にとってもこの認識は一般的なのではないでしょうか。
過去の出来事の中でも、現在の行動に強く影響を及ぼしているとされる事象は「トラウマ」と呼ばれ、近年では心理学用語の域を超えて日本語に定着している風潮さえある言葉となっております。
本書でも、学校や職場でいじめに遭った結果、外に出ることが不安になって自室から出られなくなってしまった人を例に「トラウマ」の強烈な影響が示されます。
しかし、この「トラウマ」の否定、あるいは過去-現在間の因果関係の否定からアドラーの心理学は始まるのです。
本書によると、人間はその場その場の「目的」に合わせて感情を選択しています。
つまり、不安で外出ができない人は、過去の出来事が原因で不安を感じているのではなく、「外出したくない」という目的のために「不安」という感情を自ら選び取っているというのです。
実に奇妙な理論に思われるのですが、本書で次に挙げられる例を聞くと腑に落ちます。
その例とは、喫茶店でウェイターに怒鳴り散らす客という例です。
一張羅にコーヒーをこぼしたウェイターに対して「ついカッとなって」怒ってしまったお客さん。
「コーヒーを零された」と「怒りを感じた」のあいだにはいかにも直接的な因果関係がありそうなものですが、本書はそれを否定します。
「ウェイターを冷静に諭す」という選択肢が存在したにも関わらず、そのお客さんは敢えて「怒鳴り散らす」という感情と行動を選択した。
なぜなら、ウェイターを屈服させたかったから。
コーヒーを零された瞬間、ウェイターを屈服させたいという「目的」が生まれ、その目的に沿って感情と行動が選択された。
アドラーの心理学はあらゆる人間行動をそのように解釈します。
まだ極論に思われるかもしれませんが、本書ではさらに「娘を怒りに任せて叱責していた母親が、電話が鳴って受話器を撮った瞬間に温和な口調になった」という例を挙げてアドラーの理論を補強します。
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