そうなると、必然的に関係する人物たちも社会人たちが多くなっていき、実際、真山の就職先の先輩である野宮という人物が山田にアプローチするようになりまして、最終的には山田と野宮、真山と理花がくっつくという展開になります。
このことからも、本作が20代前半くらいの、大学生〜社会人くらいの読者層を狙って物語が練られており、少女漫画と青年漫画orレディースコミックのちょうどあいだくらいのポジションにあることが分かります。
そんな「社会人編」の中で真山は叶う見込みの低い片想いに溺れます。
真山が惚れている相手は原田理花という女性で、若くして旦那さんを亡くした未亡人という設定。
非常に繊細な性格で、旦那さんを亡くしたことについて半ば自分を責めながら亡霊のような生活を送っているという女性になっております。
真山はこの女性が本当に大好きで、半ばストーカー的な行為をしながらも追いかけ続け、最後には彼女の信頼を得て、彼女の精神的回復を助けて、そして二人の関係が良い方向に向かっていくという展開で物語の結末を迎えます。
相変わらずという言葉を使うのが適切だと思うのですが、本作では誰かが誰かを好きになる理由が特にないんですよね。
物語の冒頭から「好き」という設定になっていて、読者はそれを受け入れて話を見ていくことになるか、もしくは、「一目惚れ」で片付けられます。
真山と理花の恋物語は前者ですね。
好きな気持ちに理由なんてないだろ、と言われればそれまでなんですが、個人的に、フィクションの物語では好きな気持ちの理由や好きなったきっかけエピソードが欲しいと思ってしまいます。
現実世界で理由もなく好きになってしまったら、たとえ理由なんてなくてもその気持ちは事実です。
しかし、フィクションの世界では「A氏はB氏のことが好き」なんて設定をいくらでも量産できるわけで、それを無理やり受け入れろと言われても「作り話やろ」と思ってしまいます。
好きな理由、好きになったエピソードを入れることで現実感を出し、感情移入の道筋をつくってくれないとなかなか「好き」を擬似的な真実として受け入れて物語に没頭することができません。
個人的にはその点が本作の弱点だと思います。
しかも、真山が好きになる原田理花って滅茶苦茶「面倒くさい女」なので、なぜ真山が理花のことが好きで、何度突き放されてもアプローチするのかがちょっと疑問なんですよ。
この理花という女性は「旦那に先立たれてかわいそうなワタシ、繊細でか弱くて守ってあげたくなるワタシ」みたいな空気をむんむんに出して、ひたすら周囲が自発的に助けてくれるのを待っているだけの人間なのですから。
その空気に最も敏感に反応するのが真山であり、どんなことがあろうと真山が理花のメンタルケアを率先して買って出て、その繰り返しの中で真山が理花に認められていく、というのが真山の物語の概要です。
花本はぐみの箇所と同じようなことを述べるのですが、これってかなり女性側にとって都合の良い物語展開でありまして、「女性向け漫画」の枷に嵌り過ぎていて残念な部分ではあります。
芸術の才能はあるけれど、身体的にも精神的にもか弱い女性がいて、そんな女性を素敵な男性が非現実的なほどの自己犠牲精神を発揮して助けてくれる。
花本修司と花本はぐみの関係も、真山巧と原田理花の関係もそんな感じなので、そういった女性の(相当自己中心的な)潜在的欲望を満たしにいくという俗なエンタメとして設計されているのかなと邪推してしまいます。
フィクションのエンタメ作品なんて大概そんなもの、と言われればそうなのですが、それをリアル路線らしく描くところに本作の巧妙さ(or罪深さ)があると思います。
そんな視点を持ちながら真山についての物語を見ると、案の定、真山という人物に全く魅力を感じないなという感情が自分の中で明白になってきます。
その理由もまた明白で、真山巧という男性は原田理花という女性に傅くだけのロボットに過ぎないんですよ。
原田理花を身体的精神的に介護するロボットであって、原田理花を心地よくすることだけが彼の行動原理になっしまっているのです。
だからこそ、真山巧からは「自分」が感じられません。
彼自身の人間的人格、我儘さ、やりたいこと。
一人の人間を構成するにあたって必ずあってしかるべきパーツが存在していないんですよね。
真山の鋭い一言に理花が動揺して、真山を奴隷的に扱っている自分自身の人生を理花が見直す、みたいな展開があればもう少し深い物語になったんじゃないかと思います。
8. 山田あゆみ
陶芸科に所属している浜美生で真山の同級生、物語開始時点よりずっと前から真山のことが好きという設定になっております。
例によって真山が好きな理由は詳らかにされないのですが、本作では唯一、女性側が男性を好きであるという構図を背負った登場人物となっております。
しかし、上述の通り真山は理花が好きなので山田の恋が叶うことはありません。
美人で(真山に対しては)世話焼きの山田のほうが理花よりもよっぽど魅力的なはずなので、いまいち理解に苦しむ展開で、真山の理花ご奉仕ロボットぶりの極地を感じさせます。
そして、叶わぬ恋に身を焦がす山田のもとにはもちろん、その傷心を癒やしてくれる王子様が現れるわけでありまして、それが真山の就職先の先輩である野宮匠(のみやたくみ)という男。
この野宮は山田ご奉仕ロボット的な側面があり、山田のために様々な粉骨砕身ぶりを見せてくれます。
野宮が山田に惚れた理由も不明で、このあたりのご都合主義は一貫して本作の良くないところです。
また、本作で唯一、望んだ恋が叶わない女性である山田を「美人」という設定にするのも結構あくどいなと感じます。
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