1. ハチミツとクローバー
2000年代前半に一斉を風靡した少女漫画。
著者は羽海野チカさんで、現在は白泉社の月間漫画雑誌「ヤングアニマル」で青春将棋漫画「3月のライオン」を連載されています。
10巻完結ながら累計発行部数は800万部に達し、アニメ化と実写映画化も果たしているなど、名実ともに堂々たる人気作品である本作。
2度の掲載紙休刊を乗り越えて連載が続いた作品でもあり、マイナーな掲載紙出身ながら大ヒット作にまでのし上がった経緯にもドラマを感じさせます。
そんな本作を今更ながら読了したのですが、評判や販売実績に値するような、素晴らしい感動作でした。
多様な登場人物たちの恋模様と夢の探求、もがき続ける中で生まれる葛藤が濃密に描かれており、とにかく一話一話の盛り上がり度合いが著しく高い作品です。
中だるみや「捨て回」のような話が存在せず、まさに人生のハイライトを駆け抜けているような、甘くて苦い青春のひとときを自分自身が経験したかのように錯覚させられる名作です。
2. あらすじ
物語の主な舞台は浜田山美術大学。
東京に存在する私立大学で、通称は「浜美」。
大学近くにある木造で水回り共用の下宿には、竹本祐太(タケモトユウタ)と森田忍(モリタシノブ)、真山巧(マヤマタクミ)という三人の学生が暮らしている。
部屋こそ別々であるものの、三人はもはや家族同然に付き合う仲で、お互いの部屋を行ったり来たりしながらの生活を送る日々。
そんなある日、竹本は花本はぐみ(はなもとはぐみ)という女性に出会う。
はぐみは浜美の新入生であるのだが、大学生には思えないほど幼い見た目と引っ込み思案な性格をしている。
しかし、その圧倒的な油絵の技術は入学時より全校どころか美術界全体に轟いており、将来を嘱望される気鋭の美大生という側面も持っていた。
そんなはぐみに一目惚れしてしまったのが、竹本と森田。
一方、真山にはかねてから想いを寄せている人物がいた。
その相手とは、アルバイト先のデザイン事務所のオーナーであり、若き未亡人である原田理花(はらだりか)。
そして、浜美には真山に想いを寄せる人物もいる。
その人物とは、陶芸科の山田あゆみ(やまだあゆみ)。
竹本と森田とはぐみ、真山と理花と山田。
いじらしい片想いの三角関係。
その行方はいかに……。
3. 全体の感想
久々に「惹き込まれすぎて寝食を忘れ一気読みする」という経験をしました。
冒頭にも記載いたしましたが、とにかく一話一話が濃いんですよね。
ドキドキさせる方向に恋愛話が動いたり、切なくなるようなすれ違いが登場人物のあいだに起こったり、ワクワクさせる方向に登場人物たちの「夢」と「現実」の距離が変動したり。
「恋」や「夢」にまつわることでは、人間誰もに良い意味でも悪い意味でも心が熱くなる瞬間の経験があり、それが人生のハイライトとして「想い出」になっていると思います。
本作はそんな、人生の「熱い瞬間」だけが目の前で再生されているような感覚に陥る作品です。
それでいて、「熱い瞬間」だけを描こうとして失敗している作品にありがちな突飛な展開はあまりなく(たとえ突飛な展開であってもそう感じさせないように話を繋いでいて)、流れるように熱いドラマが展開されるところに羽海野チカさんの技量を感じます。
また、大学生たちの青春群像劇という体裁をとっており、多視点で物語が進む作品であることも特徴です。
無理矢理に分類すれば「少女漫画」なのでしょうが、「少女漫画」の域にとどまらない、「夢」を追うがゆえの青春の葛藤や、社会人の生き方についての悩み、大人の恋愛といった側面も充実していて、まさに総合芸術のような作品です。
少女漫画であり、レディコミであり、青年漫画であり、といった具合で、男性人気が高い作品というのも納得ですね。
そんなわけで、本作「青春群像劇」となっておりますので、物語の筋を追いながら感想を述べるには各人の物語を個別に追わなければなりません。
そこで以下では、登場人物それぞれの物語に項を分けて感想を述べていきます。
4. 竹本祐太
本作は青春群像劇ですが、一応の主人公格の男性として描かれる人物です。
竹本が花本はぐみに一目惚れするというシーンから本作は物語が動き出します。
とはいえ、竹本についての物語では恋愛にあまり焦点が当たることはありません。
「生きる」とはどういうことか、自分は何者か、何者になろうとすればよいのか、といった、青春物語の普遍的なテーマが中心になります。
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