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「ピックアップ」真鍋昌平・福田博一 評価:3点|ナンパを通じて描かれる青年の成長と男同士の友情。現代社会特有の歪な男女関係を添えて【青春漫画】

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ピックアップ
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いかに「女性をピックアップするか」という強烈で背徳的な主題で物語を引っ張りながら、最後は説得的な形で「友情エンド」に落とし、読者をあっと言わせるという展開には卓越した脚本的技巧を感じます。

振り返ってみれば、最序盤において、自分もかつてはイケてなかったと藤原が漏らす箇所や、「お前はイイやつだな」とさり気なく南波を褒めるところあたりから「友情エンド」の気配はあるのですが、なかなか気づけない布石ですね。

また、本書で描かれる場面の半分は「ナンパ」ですが、もう半分は「仕事」となっております。

「コミュ強」としての人脈を駆使して仕事を成功させていく藤原の背中を見ながら、仕事という側面でも南波は成長していきます。

この「コミュ強」さの背景にある自信や度胸、ドーク術が「ナンパ」と絡んでいるというわけですね。

私はファッション業界に身を置いたことがないので、本書において繰り広げられるビジネスシーンにどれほどのリアリティがあるのかは分からないのですが、部外者の感想としては、まずまず読めるお仕事漫画になっていると思いました。

特段「凄い」と思えるような脚本や演出があるわけではないのですが、ナンパによって得られた能力と友情の価値が仕事にも反映され、人生全体を成功に導く、ということについて平均的な表現力では描けていると思います。

そんなわけで、本書の評価は3点(佳作・平均以上の作品)。

ナンパという未知の世界についての良き案内漫画であり、成長物語としての良さもひとしおです。

大感動の名作/傑作(4点以上)とまではいかないですが、買って損することはないでしょう。

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補論

本書の本筋とは関係ないのですが、冒頭で触れた「自由恋愛と『男女平等』が隅々にまで行き渡った現代社会の闇」についてここから述べていきます。

南波の成長や男同士の友情を中心に物語を追っていると気づきづらいのですが、本書には男性陣の物語とはまた別の興味深い特徴があります。

それは、一般女性、特にナンパされる女性の描かれ方です。

「ナンパ漫画」では当然のことなのかもしれませんが、この漫画における女性というのは、基本的に動物やモノのように描かれます。

まさに「ピックアップ」されるための被造物といったところですね。

もちろん、ギャグ漫画的な「動物」や「モノ」ではなく、より具体的に生々しい演出で、魁ナンパ塾の面子や他のナンパ師に籠絡され攻略される対象として、「人間らしい知能をギリギリ持っているように見えるものの、ナンパ師たちには簡単に犯されるところまで行ってしまう准人間。ナンパ師たちを性的に満足させるための肉の塊」という感じで描かれます。

理性や知能はあくまで装飾的というか、ホンモノの動物や無機物ドールを犯しているのではなく、あくまで人間という知能と理性がある同種を説得の末に犯すことができたのだという支配欲と達成感を男性陣が得るために、理性や知能らしきものを装着させました、という感じなんですよね。

初読の際には本書のクライマックスが「友情エンド」であることを意外に思うのですけれど、読み直してみると、女性を平然とそのように描くからには、「女性」というもの(動物/モノ)を手に入れても「ハッピーエンド」にならないのは必然であると感じました。

しかしながら、本書が「女性」一般を故意に歪曲しているかというと、少なくとも本書から受けるイメージとしては違うんですよね。

実際、登場人物たちが正面きって女性を罵倒したり見下したりするようなことはありません。

それでいて、有名ナンパ師をコラムニストとして起用しつつ(ネタや誇張としてではなく)リアル路線での「ナンパ」を描こうとしているという側面に妙味があるのです。

つまり、ナンパ師たちからみれば女性とはナチュラルに動物/モノ的な存在であり、動物/モノ的に扱われることに対して特段抵抗することもなく、むしろ、動物/モノ的に扱えば扱うほど本当に動物/モノになっていくような、そんな程度の存在になっているわけです。

もちろん、倫理上、女性を同等の人間として扱わないことは良くないことなのでしょう。

というか「女性を同等の人間として扱うか否か」という言葉を出すこと自体、そういった思考を見せること自体が反倫理的なのでしょう。

しかし実態として、女性を動物/モノ扱いしたところでナンパ師たちには何のデメリットもないのです。

なにせ、女性が(少なくともナンパに引っかかる女性は)自ら進んで動物/モノ的に扱われに行くのですから。

そのような意味で、本作は非常に反動的で保守的な作品とも言えるでしょう。

女性を一貫して動物/モノ扱いしつつ、それどころか、女性を動物/モノ扱いするような価値観の会得とそれを実現する技術の涵養を「成長物語」として描き、そのような鍛錬を行う男性だけの互助組織「魁ナンパ塾」を賛美する筆致が臆面もなく繰り広げられる。

保守的な世界、旧来的な世界において、女性は公式/非公式に格下扱いだったかもしれませんが、少なくとも組織や集団の中で役割を与えられておりました。

しかし、本作において女性が人間的で社会的な役割を果たすことはありません。

いわゆる「昭和」の状況以上に女性を一切排斥した、究極の男社会が肯定的に描かれており、男社会の復古と言うよりは、全く新しい男社会の誕生を描いていると表現するほうが正確なのではないかと思うほどです。

となると、「保守的」というよりは、「リベラル」を突き詰めた先にある、「リベラル」を超克した超進歩的新世界が描かれた漫画とも表現できるでしょう。

確かに、考えれば考えるほど、自由恋愛と現代的「男女平等」が突き詰められた先に待っていた世界が「魁ナンパ塾」であるという認識は非常に説得力があるように思うのです。

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